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2011年4月16日(土)

Racquel J. Gates, "Reclaiming the Freak: Michael Jackson and the Spectacle of Identity"を読んだ。テキサス大学が出している映画とテレビについての雑誌The Velvet Light Trap の2010年春号に掲載された2ページほどの短い記事だが、マイケル・ジャクソンのアイデンティティについて、はじめて合点のいく文章に出会った。

感受性が強く、性的なこととは縁のない、子供のような存在と見られていたマイケルは、一種の「フリーク(奇形、変わり者)」として条件付で人種の壁を超えることを許された。こうした特権はマイケルを人種を超えたスターにすると同時に、黒人白人双方からの悪意に満ちた批判にさらすことになった。グラミー賞の授賞式にマイケルがブルック・シールズを伴って登場したことをからかうエディ・マーフィーの言葉が、黒人側の反発をよく表している。「このニガーは彼女をグラミーに連れてったのに、誰も『クソッタレ』とは言わなかった。もし俺がブルック・シールズをグラミーに連れてったら、みんな怒り狂うだろうね。だって、みんなブルックがその晩やられちまうってわかってるからさ。ブルックだってわかってるさ」。マイケルがブルックと親しげにするのが許されたのは、彼がセックスの臭いをさせない「フリーク」だったからに他ならない(そのためにチャイルド・スターという経歴は、これ以上ないほど都合が良かったと言えるだろう)。そのことが黒人男性の嫉妬と、アメリカ社会に受け入れられるためには自らを去勢しなければならないのかという怒りと危機感を煽った。子供のような愛玩物として白人に愛されることもまた、黒人に割り当てられた役割の一つだったからである。

同意できない点もある。著者はマイケルが二つのアイデンティティを戦略的に使い分けていたと考えている。「フリーク」としてふるまう一方で、児童虐待やソニーのCEOを相手にした裁判では、慣習的な「人種差別の犠牲者」として、黒人男性らしくふるまったと言うのである。果たして、そうだろうか。ぼくには、マイケルがそれほど器用だったとは思えない。だからこそ、児童虐待疑惑をはじめとする災厄に巻き込まれ、それまで彼の「子供っぽさ」を受け入れていた白人聴衆からも拒絶されるようになったのだ。マイケル本人は周りが思うほど自分が「フリーク」だとも思っていなかったし、ましてやそれを利用しようなどとは考えていなかった。マイケルは明らかに、アメリカ社会が望む以上に「フリーク」でありすぎたのだが、そのことに気づかないほどナイーブだった。そこが彼の弱点でもあったのだ。だから、マイケルの追悼スピーチで、アル・シャープトン師が故人の子供たちにむけて言った言葉、「きみたちのお父さんには何も奇妙なところはなかった。お父さんが相手にしなければならなかったもののほうが奇妙だったんだよ」は、ある意味で真実を言い当てているように思える。もちろん、著者が言うように、マイケルはフリークだったのであり、そのことをぼくらは喜んで受け入れるべきなのだが、同時に、この世に数限りなく存在する、内側の視点からは何も奇妙なことのないフリークスのひとりであるマイケルのイメージが、「普通」の世界の奇妙さを逆照射すべきなのだ。

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