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2009年10月24日(土)

2009_10_24shinpukusaikan京のラーメン:「中華そば(並)(650円)」@京都『新福菜館』たかばし本店
京都駅に近いこともあって、京都に来るととりあえずここのラーメンが食べたくなる。すぐ隣の『第一旭』には比較的若い人たちが列を作っている。こちらもすいているわけではないのだが、客層はやや年齢高め。苦みばしった大人の味だからだろうか。どちらも美味いには違いないのだが、ぼくはどちらかといえば『新福菜館』派。チャーシューがたっぷりのっているところもうれしい・・・★★★★

京都キャンパスプラザで行われた黒人研究の会10月例会で、ジンバブウェの現状について報告した。

今回の発表は二人。まずは岡山大学院生の大上さんがマルコムXとゲットーについて語った。マルコムの思想の基盤は、都市部のゲットーにある。南部を拠点とするマーティン・ルーサー・キングとは対称的に、マルコムは人種隔離の撤廃が問題の解決につながるとは考えなかった。人種問題を解決するには、ゲットーの環境改善、貧困対策が不可欠である。マルコムが目指したのはゲットーの経済的自立に他ならない。一方で、ネイション・オヴ・イスラム入信後のマルコムは、自身どっぷりつかっていたゲットーのサブカルチャー ― ズート・スーツに身を包んだハスラーの世界 ― から距離を置こうとした。

こうしたテーマで修士論文を書こうとしていること自体、刺激的だったが、アフリカ系アメリカ人について「サブカルチャー」という言葉を使う場合、事情はもっと複雑であると思い、僭越ながらその点を指摘させていただいた。つまり、黒人文化それ自体が白人メインストリームに対するサブカルチャーであると考えることもできるし、黒人コミュニティのなかにも毎週教会に行くようなスクエアな人たちの文化と、ブルースやズート・スーツに代表されるような「サブカルチャー」が存在する。しかも、黒人コミュニティ内の「サブカルチャー」をミンストレル的なものとして白人メインストリームの文化が後押しする、といった状況もある。もうひとつ、経済的自立、黒人企業の創出といったような発想は40年代ごろまではむしろ黒人中産階級のものだったということは、フレイジャーの『ブラック・ブルジョワジー』などで指摘されている通りである。また、隔離撤廃に重点を置いていたマーティン・ルーサー・キングも、晩年、貧困対策の重要性に気づき、そのことがベトナム戦争反対の表明→暗殺にもつながっている。ゲットーにおけるコミュニティ活動から登場したオバマも、こうした流れに位置づけることができるのではないかと思う。

さて、次はいよいよひらげの出番。ジンバブウェの現状について、そこに至る過程を踏まえながら、「正しいのはどちらだ?」というような問題の立て方をすることなしに語ったつもりである。ジンバブウェを北朝鮮やイラクなどともに「圧制の前哨」呼ばわりしたコンドリーサ・ライスのような立場に賛成はできない。かといって、混乱の責任が独立以来大統領の職を守ってきたムガベと与党ZANU=PFにあることも否定できない。混乱の引き金となった白人大農園主からの土地強制収用についても、道義的な正しさは「ヨーロッパ人に奪われた土地を取り返す」というムガベ/ZANU=PFの側にあるのかもしれない。しかし、同義的に正しいことと政治的に正しいこととは違う。もし、道義的な正しさだけを求めるなら、北海道からアイヌ以外の人々は出て行かねばならなくなる。そんなことをしたら、北海道の経済は崩壊し、アイヌのを含めた全ての人びとにとって望む結果にはならないだろう。

ジンバブウェの問題を解決困難にしている原因のひとつは、農村と都市の齟齬にある。ジンバブウェでは農村と都市が互いに深く結びつきながらも、違う方向を向かざるをえない。ムガベ/ZANU=PFの政策自体、農村と都市の間を揺れ動いてきた。地道な農村開発を行っていた80年代から一転、構造調整計画によって経済が自由化された90年代は、大きくなったパイをめぐって汚職が横行する都市ブルジョワの時代だった。その結果、都市ではバブルに取り残された人びとが、民主化を求めて野党MDCに結集する。一方、農村では土地問題の解決の遅れに不満を募らせた人々が、土地占拠という形の「民主化運動」を起こす。同じ「民主化」を求める動きでも、都市と農村では全く違う形を取った。そして2000年、農村の動きを追認する形で政府による土地強制収用が行われる。ジンバブウェ政府は再び、農村の側に大きく舵を切った。とはいえ、収用された土地は貧しい農民の手に渡ったわけではない。ほとんどが政府の関係者に分配され、多くの不在地主が生まれた。

2008年の大統領選を経て生まれたZANU=PFとMDCの連立政権は、国の分裂を修復するために最善の選択だったのかもしれない。実際、さまざまな不安定要素はあるものの、ジンバブウェの状況は良い方向に向かっているように見える・・・(と話したのだが、帰宅後、MDCが連立政権を離脱するというニュースを聞いた。ジンバブウェはどこへ向かうのか、とても心配だ)。

例会終了後、京都精華大学に勤める旧友のエースこと安田くんと飲んだ。安田くんのうちに泊めてもらう。おじゃましました~&ありがとう。

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