2009年9月12日(土)
ハラレのラーメン:「玉子麺、スープ、海老付」@ハラレ『チャイナタウン・レストラン』
ついにジンバブウェでラーメンらしきものを味わうことができた。麺はうどんのような太麺。コシ・・・というにはあまりにも過剰な噛みごたえ。薄味のスープはなかなか美味い。海老はさすがにプリプリというわけにはいかなかったが、白菜のような野菜はスープを吸っていい感じ。それにしても、言葉も通じないこんなところで店を開く中国人ってすごい・・・★★★
昼頃からゴドゥンの運転で町へ。ゴドゥンはクールで几帳面。ひとつひとつ確認しながらものを進めていく。ジンバブウェには珍しいタイプかもしれない。車のなかで松平くんからの電話を受ける。今日、農村に行くので、行きたいなら合流しよう・・・レジは「うーん、3時ごろに行けると思う」とか言っている。実は今夜、トーマス・マプーモもゲスト・ヴォーカルを務めたことがある伝説のバンド=パイドパイパーズがマネンバーグで演奏する。それなら早いうちに農村へ行って、夜はハラレに戻ってライブを見ようと言っていたのだ。松平くんにその旨伝えると、「それは無理ですよ。行って帰ってくるだけになりますよ」とのこと。詳しく聞こうと思ったら、電話が切れた。まあ、いいだろう。町で用事を済ませて、3時に行けば。
ところが、レジは例によってのんびりしている。約束の3時はどんどん迫ってくる。ウェブ喫茶を出たのが、3時すぎ。このときは、ぼくも頭がアフリカン・タイムになっていることもあって、「まあ、少し遅れていくぐらいいいだろう」と思っていた。ところが・・・車が動き出してしばらくして気づいた。えっ?これハイフィールドじゃなくて、チトゥングウィザに向かう道じゃないの?レジが言う。「今日、パイドパイパーズ見たいか?」「ああ、そりゃあ、見たいよ」「じゃあ、農村は無理だな。車の調子もあんまり良くないし。ブレとユージ(松平くん)に電話しよう」 ・・・ええっ~?そんないまさら・・・二人はぼくらが来るのを待ってたんじゃないの?いつもなら、レジののんびりにとことん付き合うのだが、今回は第三者が関わっている。つい、「それなら、もっと早く言うべきだったんじゃないの!?」と声を荒げてしまった。ところが、レジはぼくの意図を全然理解していなかった。「そんなに農村に行きたいのか。それなら、エディに頼もう」 いや、そういう問題じゃなくてさ・・・「わかったわかった。まず、エディに話してみるよ」 わかってないし。それより、待っているブレさんと松平くんにさぁ・・・
レジは車を停め、ムカンヤ・バーのあたりでエディを捕まえて、何か話している。おいおい、ぼくのわがままで農村にいかなくちゃならなくなった・・・みたいになってるけどさ。そうじゃなくて・・・たまりかねて、ぼくも出て行った。「いや、無理ならいいんだよ。それより、二人に連絡を・・・」「いや、大丈夫。もう話はついたから。お前が行きたいなら、農村に行こう」 だーかーらー・・・コートを取りに行ったレジの家で、ちょっと切れた。「ぼくがどうしたいかの問題じゃない!約束を守るかどうかの問題だよ!」 レジは「?」みたいな顔をしている。とりあえず、エディには頼んでしまった。もうあとには引けない。エディの家に寄ると、奥さんと別れの抱擁をしている。「今夜はあなたがいなくて寂しいわ」「ぼくもだよ、ハニー」(想像) えええええっ・・・もしかして、俺のせい?

ブレさんの家に着いたときには4時はまわっていた。チブク(伝統的なトウモロコシのお酒)を飲んでいたブレさんはがぬっと立ちあがる。例によって、まったく動じるところがない。ひらげ一行とひとりひとり握手をする。松平くんは少し苦笑いしながら、「結局、今日は行かないことになりました」 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。ところが、レジとブレさんは謝ったり許したりする様子もなく、何気ない会話をかわしている。イライラしたり、焦ったりしていた自分がアホらしくなった。結局、庭先に座り込んで、チブクを回し飲みしながら、夕涼み。ぼくの心もあっという間にアフリカのテンポに飲み込まれてく。いい風が吹いてきた。松平くんのグループ=ロワンビラの音楽がハラレの空気に溶けていく・・・
農村に行かないのなら、パイドパイパーズに行こう。すると、松平くんが「今日はキレニ・ズールーもやってますよ」 え?誰?それ。「弾き語りで歌詞も面白いですよ。2年前に来たときにすごく流行ってました」 弾き語り?スティーヴ・マコニみたいなもんかなぁ。聞いてみたい・・・結局、キレニ・ズールーとパイドパイパーズを梯子することにした。それにしても、ライブがはじまるまで、まだずいぶん時間がある。そうだ!中華料理屋に行こう!ハラレのラーメンを食おう!松平くんも誘って、レジ、エディ、ゴドゥンとチャイニーズ・レストランへレッツラ・ゴン!

中華料理店『チャイナタウン・レストラン』はハラレの町外れにあった。みんなでビール片手にわいわい入っていく。アフリカ人の女の子が二人、給仕をしている。しばらくして出てきた経営者らしき中国人女性は、英語がほとんどしゃべれない。言葉も通じないこんなところで、よく商売する気になったもんだ。そのバイタリティに驚かされる。メニューの英語もよくわからない。「ヌードル」と書かれたものはあるのだが、どれがラーメンらしきものなのか。中国語のメニューも出してもらったが、ますますよくわからない。ええい、ままよ・・・というわけで、それぞれヌードルと名のつくものや、肉料理を頼む。ぼくは「ビーフ・トマト・ヌードル」というのを頼んだ。「ビーフ・トマト・ヌードル、お願いします」「はい。ビーフになさいますか?チキンになさいますか?」「え!?ビーフ・トマト・ヌードルなのに?」 何もかもがよくわからない。
出てきた料理は皿うどんのようなもののヴァリエーションが3皿と、微妙に味の違うチンジャオロースのようなものが3皿。ラーメンと呼べるものはなかった。みんなで分け合って食べるが、けっこう量があって、なかなかなくならない。特に太くねじれた麺が、コシというにはあまりにも過剰な噛みごたえで、なかなか食べ終わらない。しかも、肝心のラーメンがない。もう一度メニューを見ると、「玉子麺、スープ、海老付」という料理があった。たぶん、これだ。これのような気がする。意を決して店員の女の子を呼んだ。「これって、あの、スープのなかに・・・その・・・なかの麺?あり?(ブロークン英語)」「そうです」「じゃあ、これを」 ようやく、ラーメンらしきもの(↑「ハラレのラーメン」参照)にありつけたものの、このころにはみんな食べすぎていっぱいいっぱい。すっかり酔っ払ったエディがお店の女の子を口説きはじめる。ショナ語のできる松平くんによると、「ねえ、どこに住んでるの~?」「○○町です」「○○町のどこ~?番地は~?」「教えられませんっ」「ええ~ええやーん。番号知りたいだけやん」「だめです」「知るだけだからさ~会いに行ったりしないから~」ってな感じだったらしい。妻も子もいるくせに、とんでもないエロ親父だ。

腹ごしらえもすんだところで、サウィラ・カフェにキレニ・ズールーの演奏を聞きにいく。かつて、オマシガンダと呼ばれるギター弾き語りのミュージシャンが、ジンバブウェや南アフリカで一世を風靡したことがあった。彼らが演奏していたのは、カントリーなどのアメリカ音楽に影響を受けながらも、現代のジンバブウェ音楽にも通じるスウィング感を持った音楽だ。キレニ・ズールーはまさにオマシガンダ直系のミュージシャンであるといっていいだろう。先日、ブックカフェで見たスティーヴ・マコニも同じ流れを汲んでいるのだろうが、マコニの音楽には何だかわからないもっと怪しげなものが入り込んでいる。ズールーの音楽は録音に残っているジョージ・シバンダのようなオマシガンダの音楽により近い。
会場に入ると、ズールーがオマシガンダよろしく、ギターを爪弾きながら歌っていた。西アフリカのパームワイン・ミュージックなどにも通じる軽快なスウィング感。しばらくすると、歯の抜けたおじいちゃんが顔をくしゃくしゃにして笑いながら登場。コンガを手製のマレットで叩きはじめた。容姿とは不釣合いなほどの軽快さで飛び跳ねながら、絶妙の間合いで打撃音を加えていく。すごい。もう一人、若いドラマーもいるのだが、年季が違う。驚きも覚めやらぬうちに、男性が二人出てきて漫才のようなことをやったり。大中小3人の女性が出てきて、グラマラスにお尻を振りながら歌ったり。「いちばんやせてる人、椿鬼奴に似てますね」と松平くん。(笑)。ぼくも誰かに似ていると思っていたんだ。たしかに。「すごいね、ジンバブウェのパフューム!」「ハハハ。でも、鬼奴ですよ(笑)」 ステージのうえにはまた別のパーカッショニストが。アクロバテックな動きも入れて観客を楽しませながら、(手で)コンガを叩いている。あとでレジに聞いたら、サフィロ・マジカティレのバンドで演奏していたこともあるチボドロというドラマーだそうだ。ショーはあの手この手で観客を楽しませながら、続いていく・・・オマシガンダはティー・パーティー(飲酒が禁止されていたため、こう呼ばれた)と呼ばれる乱痴気騒ぎを盛りあげることもあったと聞いて、弾き語りの音楽では夜通し行われる乱痴気騒ぎを盛りあげるのには少し物足りないのではないか・・・と疑問に思っていた。こういうことだったのか。きっと、戦前のブルースなんかも、こうだったのだろう。

体調を崩していた松平くんを送って、ブックカフェの向かいにあるジャズ・クラブ「マネンバーグ」へ。パイドパイパースの演奏は半ばまで終わって、休憩中だった。レジが後ろを指差すので振り向いたら、そこにいたのは何とチウォニソの元パートナーで、今ジンバブウェで最も優れたミュージシャンのひとり=アンディ・ブラウンだった。すごいオーラだ。ブレさんのような大らかなオーラではない。世の中気に食わないことばかりで、動くたびに起こる関節のズレを直す勢いでぐいぐいと前に進んでいくような、わりきれないオーラだ。あまりの迫力に写真を撮らせてもらうことはおろか、話しかけることもできなかった。アンディ・ブラウンって、やっぱりああいう人なんだ・・・パイドパイパーズの演奏はレゲエとアメリカンロックを結びつけて、ジンバブウェらしい緩さでつつんだようなリラックスした演奏。もはや、オリジナル・メンバーはいない(死んでしまった)らしいが、今のメンバーもその年齢からしてこのバンドのメンバーになってから長いんだろうな・・・と思われる。特に何が眩しいのか目を細めて遠くを見ながら、ぽつりぽつりと短いフレーズを弾くギターリストが印象に残った。途中、客席から「ヘイ・ジョーやれ!」と声がかかり、ジミヘンの「ヘイ・ジョー」をかなり緩めにやった。レジはヒット曲が演奏されるたびに喜んでいたが、帰りの車のなかで「でも、かつてのパイドパイパーズはあんなもんじゃなかったんだよ。テンポも速かったし、ガツーンとね、やってたんだ」と言った。うん、そうだろうな。でも、ぼくは今の枯れたパイパーズも好きだよ。
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コメント
>>あふりかくじらさま
そうそう、そうなんです。
まあ、レジは特にそういうやつ--気をまわしていろいろ
やってくれる--だっていうのもあるんですが。
何も言わないのに良くぞわかってくれたということもあれば、
そうじゃないんだけどなーってこともある。
お互い、母国語でない言葉でしゃべっているっていうのもあるけど、
そういうときはぼくもアタフタしてしまいます。
投稿: ひらげ | 2009/09/24 15:58
親切にされすぎてまるで自分が我がままを言っているかのような状態になってしまうこの気持ち、すごーくよくわかる。
アフリカのひとだけじゃないのかもしれないけど、そういうのって、通じないんだよね、なかなか。で、自分がだんだんばかばかしくなってくるんだけど、気を遣われているぶん、その気持ちのやり場がないというか・・・。
たとえば、親切にどこそこの村まで連れて行ってくれると言ってくれつつも、何日も何日も無駄に日が過ぎていってなかなか連れて行ってもらえない、でも親切に言ってくれたから裏切って勝手に自分でアレンジして行くわけにもいかない、みたいな。
仁義を切る必要は、ないのかな。そういうの、ワタクシとても下手です。
投稿: あふりかくじら | 2009/09/24 01:53