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2009年8月31日(月)

Img395壇原照和『消えた横浜娼婦たち―港のマリーの時代を巡って―』(データハウス、2009)を読み終わった。

地下鉄みなとみらい線の元町中華街駅からエスカレーターで地上に上っていくと、白い壁に薄っすらと灰色の人びとが姿をあらわす。洋装した裕福な家族、天秤をかついだ行商人、赤ん坊を背負った子供・・・明治〜大正期の横浜に暮らした人たち。カメラが珍しいのか、一様にこちらをじっと見つめている。このなかの何人が関東大震災や空襲を生きのびただろう。そんな人びとのなかに、この本に描かれた娼婦たちもいたのだ。

外からの要求に応えて人工的につくられた港町・横浜には、開港当初から外国人を相手にする売春婦のための場所があった。公式の歴史に残らないどころか、語られることさえほとんどないそうした女性たちの姿を、綿密な調査をもとに捉えたのが本書である。そこに浮かびあがるのはロマン以外には何も生みださなかった港町が、海運業の衰退によってそのロマンすら失い、月並みな観光地へと収束していく歴史である。

外国人向けの娼婦が生まれた背景には、戦後、占領軍の兵士から一般の婦女子を守るために、「慰安婦」が集められたのと同じような背景がある。外国人の性を囲い込もうとするその姿勢は、横浜が本当の「国際都市」ではないことを示していると言えるかもしれない。もちろん、貧困に喘ぐ人たちがその犠牲になったという側面も無視できない。

とはいえ、売春婦たちを単なる犠牲者として描いてしまうと、彼女たちの人生と時代を矮小化してしまうことになりかねない。戦前の女傑「メリケンお浜」や映画にもなった「港のマリーさん」といった人たちは、晩年まで客をとりつづけた。そこには最後まで自分の力で生き抜くという意志が感じられる。多くの人がマリーさんにまつわる作品を残しているのも、そうした姿に惹かれてのことだろう。しかし、著者は綿密な取材を通して、さらにマリーさんの実像に肉薄していく。天涯孤独と思われていたマリーさんには帰るべき故郷があった。林業を営んでいた実家は戦中・戦後ですら貧困とは無縁だった・・・「戦後の貧しい生活の中で、やむにやまれず娼婦になったかわいそうな人」というマリーさんのイメージは虚構だったのだ。それでは、彼女を路上に立たせ続けたのは何だったのか。

著者は最後に黄金町の歴史を紐解く。かつては有名な青線地帯で、麻薬の取引が蔓延したことから「東洋のカスバ」と呼ばれた町である。そこにはつねに、犯罪に囲まれて(あるいは、手を染めて)暮らしながらも、コミュニティとしてつながりを保ち、何とかして「まっとうに」暮らそうとする人びとの姿があった。外国人売春婦の増加により、そうした人のつながりも希薄になってしまう。それは外国とのつながりのなかにしか繁栄がないにもかかわらず、本当の「国際都市」に不可欠な交流を避けてきた横浜の宿命だったのかもしれない。いわいる「チョンの間」が一掃され、再生への道を歩みだそうとしているこの町はどこへ向かうのか。もしかすると、横浜の未来もそこにあるかもしれない。

横浜愛する人にこそ読んで欲しい本だ。

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コメント

>>Michi ホシノさま
文字は見やすくなりましたか?coldsweats01
Ma Ramotsweって、面白そうですね・・・

>>Mayuさま
どうもどうも!
この本は、どうしても描かれない部分に神話や想像ではなく
肉薄しようとしているところがぼくは好きです。
ボ・ガンボスって、そういう形で活動してるんですか!?
ぜひ見てみたいですね~
ぼくは新福派ですが、第一旭も美味しいです!

投稿: ひらげ | 2009/10/02 14:05

平尾さん
お久しぶりです
昨年AJFインターンをさせていただいておりました。
ライブのご案内どうもありがとうございました☆

今でも山手の異人館などに行くと当時の様子を垣間見ることができますが、そういった表に出にくい部分は知ることはできませんよね。この本を読んだ後では、開港150周年のお祭りも色々な角度から見ることができるような気がします。

先日、京都音楽博覧会というくるり主催のロックフェスに行ってきました!
私はそこで初めてボ・ガンボスというバンドに出会った(知った)のですが、その時はBO GUNBO3 feat.ラキタという名前で出てました。
ラキタくんというのが、どんとさんの息子なのですが、とにかくとぉっても素敵でした!!
帰りに新福菜館行こうと思ったら定休日だったのでお隣の第一旭で食べてきました☆京都ラーメンはやっぱり好きです★
これから益々ラーメンが美味しい季節ですね♪

投稿: Mayu | 2009/09/30 20:09

コメントと文字色の変更ありがとうございました。2度もメールを送ってしまったようで、はずかしーい。私のメールは永遠にあけないことに。

イタリア人に紹介してもらって、いま、ボツワナのミス・マープルことMa Ramotswe の The No.1 Detective Agency のシリーズを読んでいます。 道徳くさいところもあり、ボツワナの人の考え方ってこんなふう?など、よくわからないけれど、エンターテイメントってことで。

投稿: Michi ホシノ | 2009/09/25 09:56

ジンバブウェ旅行中だったため、掲載許可とレスが遅れました。すみません。

>>ホシノさま
ぼくは寿町のライブ初めてだったので、すごく衝撃を受けました。いやあ、ボ・ガンボス見てみたかったなぁ・・・

この本は港町の娼婦たちを肯定するでも、否定するでもなく、その深層に迫ろうとするところが、ぼくは感銘を受けました。お薦めします。

ニューカレドニアにしても、ジンバブウェにしても、その土地のことを考えるということは、自分の生活を考えることだったりしますね。ぼくの場合、日本でもジンバブウェでも飲んだくれてばかりいますが・・・

文字色の件、考えてみます。


>>at homeさま
確かに、扱いにくい問題ではありますね。本名を出すべきかどうかも議論の分かれるところではあるでしょうし・・・議論が分かれるという意味では、ぼくが書いたことも作者の意図とは同じとはいえないかもしれません。そうした議論を提供するものとして、美しい物語ではない彼女たちの実像に迫ろうとしたこの本は貴重です。彼女たちが横浜の歴史の一部であることは否定できないし、彼女たちを無視して
横浜を語ることはできないのだろうと、この本を読んで思いました。

投稿: ひらげ | 2009/09/16 02:05

いつもブログを読ませていただいています。私も今年は十年ぶりくらいに寿の夏祭りのコンサートに行ってきました。友達があの上の市営住宅に住んでいて、ボ・ガンボスが出たときにもたまたま行っていました。どんととドクターときょんが、背が高い上に厚底サンダルかなにかを履いていて、ものすごくノッポに見えました。もっとも私と夫は道端にしゃがんでいたのですが。

「横浜メリー」、私は二度観ました。三回も観てしまった「惑星ソラリス」には及びませんが、気になった映画でした。以前、山下公園でメリーさん本人をみていたことがあったかもと思いながら。一人一人に歴史があるんだということを再認識させられた映画です。この本も図書館で請求して読んでみます。いつもいろいろな本を紹介していただいてありがとうございます。

ところで最近、ブログの文字が白抜きになりましたね。目を凝らして読んでいます。よろしかったら、文字だけでも以前のように黒にしていただけたらというお願いはいかがでしょうか。ご検討くださいませ。

昨日、一週間ばかりニューカレドニアに行って、帰ってきたところです。日本からの旅行者は新婚さんが多いですが、ダイビング目的の人たちもそこそこ一緒。私は夫が南太平洋地域の文学関係のシンポジウムに参加するのに便乗して安いツアーを利用して行ってきたのですが(698000でヌメア一週間滞在型)、もともとの住人であるカナックの人々が島の主人公でないことに落ち着かなさを覚えた次第。ただ、あまり観光客がいない北部では、昔ながらの暮らしがあり、近代化や経済、教育の観点からはいろいろな課題がありながら、人の生活のありようを考えさせられた旅でした。

では、文字の件、ご検討よろしくお願いします。       (よき読者?より)

投稿: Michi ホシノ | 2009/09/06 13:45

>外国人向けの娼婦が生まれた背景には、戦後、占領軍の兵士から一般の婦女子を守るために、「慰安婦」が集められたのと同じような背景がある。外国人の性を囲い込もうとするその姿勢は、横浜が本当の「国際都市」ではないことを示していると言えるかもしれない。もちろん、貧困に喘ぐ人たちがその犠牲になったという側面も無視できない。


横浜は、好きな街だが、この話題はすごく苦手。

できれば、しないでほしい。

投稿: at home | 2009/09/03 02:40

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» 「メリー物語の新訳」は成功したか? [「消えた横浜娼婦たち」の事情]
『消えた横浜娼婦たち』は、企画段階では『港のマリーの時代を巡って』というタイトルでした。 文字通り「港のマリー」などとよばれた港の女たちを切り口に、街を語る企画です。 それはすなわち「海運の時代」を振り返ることでした。 「日本で一番外国に近い町」といわれ、夜霧とマドロスとダルマ船が似合ったバタくさい場所。 港の話を抜きにして当時の横浜を描くことは出来ません。 映画「ヨコハマメリー」は素晴らしい作品ですが、不満に思う面もありました。そのひとつが「港」や「船」についてまったくといってい... [続きを読む]

受信: 2009/09/02 22:53

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