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2009年7月17日(金)

Neverland
ミュージック・マガジン』8月号に、萩原祐子さんがマイケル・ジャクソンの追悼記事を書いていた。そのなかで、萩原さんは「彼はけっして世間で言われたように"白人になりたい黒人"ではなかったんじゃないかと思う。白でも、黒でも、何色でもない人になりたかったのではないか」(56)と書いている。前に書いたとおり、ぼくも同じ意見だ。晩年のマイケルが見せた白い顔は白人社会であれ何であれ、何かに受け入れてもらいたいというサインではなく、拒絶のメッセージ、空白の象徴であるようにぼくには思える。彼は何ものにもなりたくなかった。人種差別社会で大人になることが、自分の人種的アイデンティティを受け入れることであるとするなら、それを拒否するマイケル・ジャクソンは一生子供のピーターパンでいるより他なかったのだ。だから、マイケルは「自宅に広大な"ネヴァーランド"を建設し、大人になることを拒絶し、時を止め、無垢な子供たちとの夢の空間に閉じこもろうとした」(57)。そんなマイケルの曖昧なアイデンティティ(というよりもアイデンティティの拒絶)を、アメリカ社会が受け入れるはずはない。お前は白人なのか、黒人なのか?子供なのか、大人なのか?男なのか、女なのか?そのどちらでもないのなら、お前は異常者だ!マイケル・ジャクソンに対する執拗なバッシングは結局、アイデンティティを特定しない人物に対する不安の反映だったのではないか。

一方、ピーター・バラカンさんは7月4日付けの朝日新聞で、白人のビデオしか流そうとしなかったMTVに風穴を開けたマイケルの功績を認めながらも、「肌の色が白くなっていくに従って、マイケルの音楽には『黒さ』が失われていった」と語っている。ぼくもいわいる「黒っぽい」音楽が好きで聞いてきたし、少し前ならバラカンさんの言葉をすんなり受け入れることができただろう。でも、今は音楽の「黒さ」について、いくつかの疑問を投げかけずにはいられない。そもそも、音楽が黒いとはどういうことか?アフリカ系アメリカ人の音楽は常に変化し続けてきた。にもかかわらず、そこに「変っていく同じもの」、変化を貫く「黒さ」があるとするなら、それが何なのかはっきりさせなければならない。そうでないなら、「マイケルの音楽は黒くない」という発言は単なる好みの表明でしかありえない。それ以上に疑問なのは、マイケルは「黒く」あり続けなければならなかったのか・・・ということである。マイケルが「黒く」あり続けることに興味がなかったとするのなら、彼の意思に反して「黒く」あるべきだと言う権利が誰にあるだろうか(もちろん、バラカンさんは「黒くないから悪い」という表現は周到に避けているが)。

マイケル・ジャクソンがスター街道を邁進していたのとちょうど同じころ、イギリスでは若いアフリカ系の芸術家たちが、人種的イメージに挑戦する試みを行っていた。例えば、イングリッド・ポラードは『田園間奏曲』(1984)で、典型的なイギリスの田園風景のなかにアフリカ系の人物を置くことで、強烈な異化作用を生み出そうとしている。

「ウォークを余暇とし、桂冠詩人の詩的感興を奮い立たせたレイク・ディストリクトを歩いたことがある人であれば、いやそうでない人も含めて多くのイギリス人は、この写真を見ると、なにか落ち着かない奇妙なイメージだと思うだろう。写真から感じられるあたりの冷気、灰色の曇天、古い石垣、遠くに見えるまばらな木立、一眼レフ・カメラ、防寒装備、そういったものすべてが、ここにただひとりいる人物とそぐわない。なぜここに黒人女性がいるのか。これは奇妙だ、見たことがない」(萩原弘子『ブラック 人種と視線をめぐる闘争』、194-5)

黒人青年マイケル・ジャクソンが個人所有のディズニーランド、アメリカ主流文化の粋を集めた大豪邸のなかにいるのを見ることは、イングリッド・ポラードの作品がイギリス人に与えるのと同じ違和感を見るものに与えただろう。ほんの数十年前まで黒人の子供は遊園地に入ることも許されず、メリーゴーラウンドにジム・クロー・カー(黒人専用車)はないのかと問いかけなければならなかったのだ(ラングストン・ヒューズの詩「メリーゴーラウンド」)。もちろん、ポラードが戦略としてわざとやっているのに対し、マイケルはナイーヴさからそこにはまり込んでしまったという違いはある。そして、アメリカ社会の人種偏見はナイーヴな境界侵犯で乗り越えられるほど甘くはなかった。

「アイデンティティ」という仮面を拒絶したマイケル・ジャクソン。拒絶せずにはいられなかったのだ。ぼくはあんたらが思っているような「マイケル・ジャクソン」じゃない。ましてや、「黒人青年」なんかに回収されない・・・でも、やっぱり彼は仮面をかぶることを恐れるべきではなかった。いくつもの仮面をつけかえて、敵を煙に巻くべきだった。例えば、同時代に活躍したプリンスは、自己イメージの氾濫のなかに身を隠した。しまいには読むことすらできない記号をアイデンティティとして差し出した。そんなに俺が何者か知りたいなら、これをやるよ!(もちろん、冗談だけどね!) アフリカ系アメリカ人は、黒塗りミンストレルに活動の場を求めた黒人芸人以来、そうした仮面のつけかえの長い伝統を持っている(拙論「黒人ミンストレルの虚構性と演技する力」参照)。その意味で、マイケル・ジャクソンは「黒さ」を失ったといえるかもしれない。そして、それはぼくにとって残念なことだ。進んでいるように見えて実はバックしているムーンウォークのように、マイケルには観客を煙に巻いて欲しかった。

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