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2009年6月26日(金)

2009_06_26takaraya今日のラーメン:「つけ麺(850円)」@新宿『ラーメン たからや』
ちょっと甘めのタレは不味くもないが、特に美味くもない。縮れた太麺はコシも強くてかなり食べごたえがある。表面がつるりとしすぎているところは好みではないが、意外にもスープの吸いあげは良い。特筆すべきは炭火で燻したチャーシュー。香も強くて美味しいが、麺とのバランスを考えるとトゥー・マッチな感じも・・・★★★

マイケル・ジャクソンが死んだ。

実感がわかないのは、昨日まであんなに元気だったのに・・・というのとは逆に、マイケルが生きているという実感をすでに失っていたからだろう。こんな言い方は不謹慎で残酷だとわかっているのだけれど、ジャクソン5のころの笑顔を失って、どんどん「カオナシ」のようになっていくマイケルに生きた人間の姿を見ることは難しかった。「スリラー」以降、ソロ・アーティストとして成功したマイケルの音楽が、ぼくはどうしても好きになれなかった。ロボットのように精巧なエンターテイナーとしてのそれは、何重もの演技のなかに生々しい男の精子臭さを垣間見せるプリンスのステージとはまるで違うものだった・・・マイケルには特定の「顔」がない。それが彼を80年代を代表するアーティストにしたのだろう。じゃあ、ジャクソン5のころのマイケルはどうだったのかというと、そこにはやっぱり「子供らしい笑顔」という仮面をつけたマイケルしかいなかった。個人的にはソロになってからの音楽よりも、ジャクソン5の方が断然好きだが、それはあくまでも好みの話。仮面をつけているという点ではあまり変らなかった。晩年のマイケルは無意識に「仮面を一切はずしてしまったらどうなるのか」という実験を行っていたのかもしれない。誰しも仮面をつけて生きている。「素顔」ほど人工的なものはない。マイケルはその人工的なものを通して、イヤらしい人間の存在(プリンスの精子臭さのような)に近づくことはなかった。

マイケル、ほんとうにおまえは死んだのか?

そんななか、元シーズのヴォーカリスト、スカイ・サンライト・サクソンが、25日朝に亡くなったことを知った。マイケル・ジャクソンの死に全米が騒然とするなか、ひっそりと姿を消すなんていかにも彼らしい。シーズの代表作のひとつに「キャント・シーム・トゥ・メイク・ユー・マイン」という曲がある。男の情けなさを描きだしたという点で、ビーチボーイズ「だめな僕」、ジョン・レノン「ジェラス・ガイ」と並ぶ名曲である。あんまり素晴らしいので、大学時代、「なげやり」というバンドで「つれないあの娘」としてカヴァーしたことがある。今聞いてみても原作の素晴らしさと、それを的確な日本語にする自分の才能にうっとりする(←・・・)。その「なげやり」は去年再結成したばかりだ。

偉大なるガレージ・パンクの先駆者のご冥福をお祈りしたい。

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2009年6月25日(木)

2009_06_25shinku今日のラーメン:「狼煙(850円)」@町田『辛麺 真空
タレと麺をからめて食べる、いわいる「油そば」系の夏限定メニュー。麺を入れる前にクリームのようなものを入れているのが見えた。かき混ぜるとその白いクリームのようなものが生卵と合わさって、まろやかな味わい・・・と思いきや「辛麺」だけに辛さもなかなかパンチが効いている。これはかなり美味しいと思います・・・★★★★

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2009年6月24日(水)

2009_06_24kamonka今日のラーメン:「豚トロサンラー麺(892円)」@横浜『過門香』
ラーメンというよりも冷やし中華の部類。酸味はそれほど強くなく、まろやかな・・・と思いきや、辛味が尾を引く。きゅっと締まった麺と豚トロ、辛いタレの相性はすごくいい。野菜は水菜だけかと思いきやパクチーも混ざっている。パクチー大好きなぼくは大喜びだが、だめな人はやめたほうがいいかも・・・★★★+

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2009年6月22日(月)

2009_06_22kibi今日のラーメン:「特製濃厚味噌つけ麺(800円)」@品川・麺達七人衆品達『支那そば きび』 「濃厚」というのは脂ではなくて旨味の話のはず。味噌とダシで濃厚さは十分出ているから、ぷかぷか浮いている大き目の背脂は必要ないのではないかと思ってしまう。最近流行のうどんのような太麺は食べごたえがあってグー。他の店でも思ったが、冷たい麺のチャーシューはもっと脂の少ないものにして欲しい・・・★★★+

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2009年6月21日(日)

大学時代にやっていたバンド「なげやり」、再結成後二回目のリハ。関西在住のため不参加のカルちゃん(キーボード)に代わり、同級生のナカサくん(演奏経験なし)が参加。無茶は承知で人柄重視・・・バンドやりはじめた頃って、こんな感じだったよね。でも、けっこううまくいったし。それにしても、21世紀に入ってこのバンドをやるとは思わなかったなぁ(笑)。 「Don't Look Back 2009

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2009年6月20日(土)

2009_06_20tishyoken_maruichi今日のラーメン:「もりそば(700円)」@赤羽『大勝軒 まるいち』
少しとろみのある濁ったスープは、『大勝軒』の売りである煮干よりも動物系のダシに重点を置いたつくり。つけ麺のタレとはいえ、かなり酸味が強い。例によって麺の量が多いということもあって、食べ終わる頃には喉が渇いてしまう。チャーシューはたっぷり入っているし、サービス万点ではあるのだが・・・★★★

昔つくった曲のデモ録音をつくりはじめた。ギターもへたっぴだし歌も入ってないけど、ディスクがいっぱいになっちゃったので今日はここまで。

ナカヤマくん(子育てと仕事で年内バンド活動休止)の代役に大先輩のガブンさんを迎えてのチキリハ(チキリカ・リハーサル)。次回のライブは10月11日(日)高円寺Showboat に決まりました。ナカヤマくんとはまた違うノリで、南半球系バンドの新たな一面をお見せすることができそうです。対バンは都立大時代のお仲間=イオチキングくるくるファンタジーです。

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2009年6月18日(木)

2009_06_18banraiken今日のラーメン:「ラーメン(500円)」@調布『萬来軒』
終戦直後からありそうな古くて小さいお店だが、白いペンキが塗りたくられた店内は意外とこざっぱりしている。こうした店にありがちな柔くてコシのない麺。スープは昔懐かしい醤油味だが、不自然な旨味が強いような気も。お酒も飲めそうなので、飲んだ後に食べると美味いかもしれない・・・★★★

Automama
スミハラくんが激しい打ち込みトラックにのって叫び跳ねる、Automamaのライブ@三軒茶屋Heaven's Door。テクノは身体によい。スミハラくんのつくる音はとんがっていて、ぼくの弛んだ身体に突き刺さりそうだ。なのにこんなに心地よいのはなぜだろう・・・ブルースでもアフリカ音楽でもロックでも、名人になればなるほどどんどん意思が強く、エゴは弱くなっていく。それは丸くなるといったこととは違う。どんどん濃厚に尖りながら、エゴは消えていく。結果としてそれはアグレッシブでありながら、身体に優しい音になる・・・テクノも誰かの意志でつくられていることは違いないのだが、生身の身体でひっぱたいたり、ひっかいたりするのと比べると、おれがおれがというエゴは前面に出にくい・・・ような気がする。それはもしかするとアコースティックな音以上に自然音に近いのかもしれない。テクノとエコ、テクノと仏教画の相性がいいのもそのことと関係があるのかな。そもそもテクノに疎いぼくは、そんなことを考えながらAutomamaの尖った音に身体を任せていた。テクノは身体によい。

31772011岩尾光代『はじめての女性代議士たち 新しき明日の来るを信ず』(新風舎文庫、2006、1999)を読み終わった。戦後最初の総選挙は、日本で初めて女性に参政権が認められた選挙でもあった。その結果、39名の女性議員が衆議院に送り出される。彼女たちは思想も背景もさまざまだったが、それぞれに戦後日本で女性が政治に参加する礎を築いた。保守派の候補のなかには公職追放になった夫の代わりに立候補した者も少なくない。しかし、こうした「身代わり候補」であれ、彼女たちの運動が女性が政治に関わるきっかけとなったことは否定できない。そうした政治家の妻たちの多くは戦前から、夫の政治活動を見守るだけではなく、女性の地位向上にも関心を持っていた。保守派、革新派、その他泡沫政党の候補も含め、女性候補者たちはマッカーサーによって「与えられた」女性参政権を婦選運動の本流に位置づけたと言えるかもしれない。

女性代議士の誕生について何か読んでみようと思ったのは、石田一松はだか読本』の対談で異彩を放っていた京都府選出の代議士、大石ヨシエのことが気になったからだ。大石や東京大空襲ですべてを失ったなかから出発した山口シズエなど、新しい時代に「いっちょやってやるか!」と腕まくりして出てきた新鮮な候補の話は今聞いてもおもしろい。とりわけ労組の組織票がまだ固まっていなかった当時の社会党からは、名もなき候補が登場する余地があった。ぼくが興味を持ったのは、女性の政治参加以上にこの時代のこうした風通しの良さである。女性候補者に限らず、今まで政治に対してものを言えなかった人たちが、いっせいに口を開いた時代。それは一種祭りのようなものだったと著者はくり返し述べている。その後の選挙では採用されることのなかった「大選挙区連記制」(複数の候補者を連記して投票)という制度も新人に有利に働いたのだろう。

しかし、こうした時代は長くは続かなかった。連記制は最初の選挙のみで廃止される。日本を脱軍国化するために、女性参政権をはじめとする民主化政策を推し進めていたGHQも、冷戦のなかで大きく路線を変えた。レッドパージの嵐が吹き、逆に多くの公職追放者が政界に復帰する。やがて、保守合同、社会党の右派左派結集により55年体制が築かれると、選挙は組織票に依存した大がかりなものとなり、金も知名度もない一般人がおいそれと手を出せるものではなくなっていく。最初の女性議員39名もその多くが政界を去っていった。自殺疑惑に対し「そんなひきょうなマネはせん」と最後まで強気の姿勢を崩さなかった大石ヨシエも、1971年、愛知県の小さな村でひっそりと亡くなった。「日本の老人はかわいそうや」という言葉を残して・・・もちろん、彼女たちの歩みは引き継がれたし、その闘いは終わったわけではない。だが、一方で、忘れ去られた彼女たちを知ることは、戦後の日本社会が閉塞していく過程を追うことでもあるのではないかと思った。

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2009年6月17日(水)

2009_06_17yokatoko今日のラーメン:「博多とんこつラーメン(650円)」@横浜『ラーメン よかとこ』
店構えからして、あまりそそらない感じ。食べてみれば思ったほど悪くはないし、黄色い看板の博多ナントカとよりはよほどましだと思う。でも、スープは不自然な旨味が強いし、麺ももう少しコシが欲しいというのが正直なところ。もやしが入っているのは、この手のラーメンでは珍しい・・・★★+

ついに届いてしまった・・・「Oh! RADIO」 。涙が出るかと思ったら、そんなことはなかった。これが最後の録音?そうかもしれない。でも、PVを見ていたら、あの世っていうのは一種のパラレルワールドで、キヨシローは今も虫網片手にむこうで蝶を追っているような気がした。

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2009年6月14日(日)

2009_06_14mirakuen今日のラーメン:「塩ラーメン」@西八王子『味楽苑』
お世話になったお店のラーメンというのは悪く言いにくいものだが、ここのラーメンは本当に美味しかった。具はシンプルで奇をてらったところは何もない。しかし、スープはアッサリしていながらも色々な旨味がつまっている。かなり飲んでからの評価なので、あえて4星はつけないが気持ちはかなりそれに近い。今度素面で食べに行ってみよう・・・★★★+

西八王子の中華料理店『味楽苑』で行われたEncuentrosの演奏会にゲスト参加して、歌を歌ってきた。Encuentrosのケーナ奏者・清水さんに「ラーメン屋でライブをやるから、ぜひ『ラーメン・ブギ』を歌ってくださいよ」と言われたときには、どういうことなんだか、サッパリわからなかった。ラーメン屋は回転が命である。10数分ごとに入れ替わる客を相手に演奏をするのだろうか。あるいは演奏を聞くためにお客が長居をしてお店に迷惑をかけることにはならないだろうか・・・ところが、行ってみるとラーメン屋というよりは中華料理店で、何度も朗読会や演劇などのイベントをやっているらしい。それならばと意を決して、アンデス音楽の合間に「ラーメン・ブギ」と「はだか節」を歌った。相変わらずのヘタッピーな歌で、アンデス音楽を求める観客からレンゲや丼を投げつけられないか不安だったけど、おじいちゃんおばあちゃんから車椅子の身障者の方まで、ニコニコ笑いながら聞いてくださいました。その上、「ラーメン・ブギ~♪」と大合唱でコーラスまでしていただいて・・・ありがとうございました。清水さんはじめEncuentrosのみなさん(Encuentrosの演奏はもちろん、素晴らしいものでした)、『味楽苑』関係者のみなさん、観客のみなさん、幸せなひとときを共有させていただいたことに感謝します!

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2009年6月13日(土)

2009_06_13ishin今日のラーメン:「トマト冷製麺(900円)」@横浜『麺や 維新
ここはレベルの高い限定メニューを次々とくり出してくるので、目が離せない。今回はトマトを使った冷やしラーメン。写真ではわからないが、緑色の麺にはモロヘイヤが練りこんである。レタス、水菜、鶏肉、クルトン、粉チーズなど各食材のバランスもすごくいい。トマトを使った麺はけっこうあるが、これほど完成度の高いものは他にない・・・★★★★

Img313金子潔『演歌流生記』(新日本出版社、1987)を読みおわった。金子潔さんは長崎県出身の演歌師。不自由な足で全国を放浪し、街頭演奏で4人の子供(前妻との間にさらに子供がいる)を育てあげた苦労人である。石田一松とも交流があり、一松の伝記『闘ったのんき節』のなかにもしばしば登場する。しかし、個性という意味では当り前のことかもしれないが、録音に残された金子さんの演奏を聞くと一松とはずいぶん肌合いが違う。目から鼻に抜ける才気走った一松は、その歌声からも一種パンキッシュな狂気が感じられるのに対し、金子さんのそれは自然体で聞き手に身を任せているような感じすらある。ロシア民謡をはじめとするさまざまな音楽をレパートリーに取り入れ、うたごえ運動やフォークソングといった戦後の若者の音楽にも理解を示したのも、そんな金子さんの謙虚なあり方と関係があるのだろう。旅から旅の人生を綴ったこの本も、苦労を苦労と思わせない爽やかな語り口に、著者の実直な人柄が表れている。旅先で出会った女工や娼妓と逃げようとして袋叩きにあった話や、各地の演歌師との交流など、放浪への憧れをかきたてられずにはいられない(実際には辛いことのほうが多かったはずだが・・・)。息子の大学入試の時ですら、親子二人、演奏で資金を稼ぎながら山形から東京へ向かったというのだから、すごい。

金子さんは戦後、宇都宮で受けた空襲の体験、戦争を止められなかったことへの後悔から、共産党の支持者になる。共産党系の出版社から出されていることもあって、本書の後半で金子さんが語る内容は、共産党の主張の枠にカッチリはまっていて、正直、面白くない。共産党が戦後の政治のなかで一定の役割を果たしてきたことは認めるし、平和の党、労働者の党に対する金子さんの思い入れは理解できるのだが・・・。一時期共産党に入党していたピカソが、自分の絵を「ブルジョワ的だ」と批判され、「共産主義社会では靴屋もプロレタリアート風の靴をつくるのか」と反論した・・・というような、枠からはみ出す部分があまり感じられないのだ。とはいえ、二度と戦争を起こさないために、自分の体験、考えを書きのこしておかなくては・・・という思いは痛いほど伝わってくる。それもまた、金子さんの実直さ、誠実さのなせる業である。金子さんは本書の出版を見ることなく、86年10月、胃癌で亡くなった。ベルリンの壁の崩壊ソ連の解体よりも前のことだ。

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2009年6月12日(金)

2009_06_12bukotsu今日のラーメン:「辛つけめん(850円)」@渋谷『麺屋武蔵 武骨外伝
前回つけ麺を食べた時は、武蔵系には珍しく「あれっ?」と思った。どうもピンとこなかったのだ。辛つけ麺も同様。つけだれは辛さよりも甘さが先にたつ。麺はちょっとぶよっとしている。湯切りのときに店員がそろってかけ声をかけたりするのも、正直ウザイ。そんなことより、スープ割り頼んだの忘れないで欲しい・・・★★★

Kikyo
桔梗三軒茶屋Heaven's Door。今日は久しぶりにギターがレスポールだった。そのせいか、バンド全体の音も少し違って聞こえる。久々の使用でギターがすねていたのか、どうも音が定まらない様子。ライブのあと挨拶に行くとやはりスエヒロくんは納得できないようで、打ち上げに顔を出したときもレスポールの音を気にしていた。それでも、凡百のバンドよりもずっと素晴らしいけどね。キャッチボール!

打ち上げでは、大学時代の友人ナカサくん、エース(京都在住の社会学者)、エースが連れてきた新進気鋭の社会学者Kさんに、途中からヒーカさん、イノウエさんも加わって話に花を咲かせた。Kさんとはヒップホップからトニー谷まで色々な話ができて、とても楽しかった。

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2009年6月11日(木)

P1030989_2タケコプターではありません。
太陽の力で涼しくなろうというエコグッズです。

帽子の上のソーラーパネルで電気を充電して
つばに装着された扇風機を回すのです。

変なものを見ると欲しくなってしまう
悪い癖が抜けません。

太陽で風を作る!ソーラーキャップ

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2009年6月10日(水)

2009_06_10iuppudo今日のラーメン:「白丸元味(750円)」@横浜『一風堂コレクション』横浜西口店
博多ラーメンの『一風堂』が、「これまで手掛けてきた一風堂のいろいろな魅力を集めたお店」というコンセプトで出した新店舗。とはいえ、「白丸」はこれまでと変わりない。ソフトタッチの博多ラーメン。もやし、高菜、紅生姜、ニンニクが入れ放題というのはいい。「本店かさね味」は博多にしかないメニューだとか。今度はそちらを頼もう・・・★★★+

Img312石田一松粋談 はだか読本』(妙義出版社、1955)を読んだ。演歌師にしてタレント議員第一号の石田一松。最後の選挙に敗れた一松は、昭和30年、胃癌で亡くなる直前に「エロ」をテーマにした本を出した。それが本書である。トリックスターぶりが全開の名著『のんき哲学』のなかですら、みだりに関係を持つ若者を諌めていた一松が、エロ!しかし、一松は大真面目で(?)「人間最高の本能」である性欲を論じることの正当性を語る。

「もし諸君が誰かと、偶々性欲の問題について、真面目に語り合っている際に、その場に来合わせた他の誰かが、性の話なんか聞くも穢らわしい、てな露骨な表情をしたら、それが男性でも女性でも、こんな人間はその表情ほど尊敬に値しない人間で、少くとも諸君以下だと思えば、大した間違いはあるまい」(151)

一松らしい見得の切り方である。それでいて、「好奇心のみが異常に発達」した未熟な若者たちには、何をそんなに急いで、年若い諸君はカスをつかみたがるんだね」(156)と優しく釘を刺すことを忘れない。

ところが、本書の3分の2以上を占める当時の著名人との対談では、そんな学者然とした仮面を脱いだ一松先生のエロおやじぶりが全開になる。例えば、日劇ミュージックホールのストリップ・ダンサーだった伊吹まりにはバタフライの構造について根掘り葉掘り聞いたあげく、胸を大きくするマッサージ用のクリームを自分に塗らせてくれないかなぁ、などと言っている。伊吹が「希望者が多くて、困っちゃうのよ」とかわすと、「何かまわん、順番を待ちます」と食い下がる(23)。戦前はヌードモデルもやっていた歌手の淡谷のり子からは若き日の同性愛体験を聞きだしたうえ、淡谷が「わたしだってたまには変な夢を見ることぐらいはあります」と口をすべらせると、「どんな夢ですか」と畳みかける(64)。

こうした他愛もないエロ話はともかく、某病院の院長や元警視総監の話には、看過できない性差別や人種差別、無神経な発言があふれている。例えば、元警視総監の某氏は米軍が上陸してきたとき、一般の婦女子に被害が及ばぬようアメリカ兵を「慰安」するべく、全国各地から「慰安婦」をかき集めたことを自慢げに語っている。さらに、「そんな慰安所を見て、さびしい感じがしましたな」という一松に対し、「人間の本能だからそれをいたずらにかれこれいうより、そういうことを見て見ぬふりができる大人にならなければ、芯の入った本当の道徳はできてこんのじゃないですか」と言い放つ(88)。こうした無神経な発言に一松は反論するわけでもなく、ときには相手の話に下卑た冗談でのっかってしまう。そもそも、警視総監なんて、何度も官憲のお世話になった一松にとっては天敵のような存在だし、英語の「のんき節」にのせてアメリカ兵になびく女性(というよりなびかざるを得ない状況)を皮肉ってGHQに引っぱられた一松が、「慰安婦」の話を納得して聞いていたとは思えない。反骨の人・一松はどこへいったのか・・・

しかし、一松はすっかり骨抜きのエロおやじになってしまった・・・と結論するのは早計である。対談を読んでいるとわかるが、一松は話を聞くのが上手い。その極意は相手の話し方に合わせることにある。ストリップ・ダンサーを相手にしていれば話し方もあけっぴろげなものになる。芸者出身の歌手・小唄勝太郎の場合には、艶っぽさを残しながらももう少し奥ゆかしく。6代目春風亭柳橋とは江戸弁のテンポにのって軽快なやりとりをくりひろげる。日本初の女性議員で関西弁が強烈な大石ヨシエには、時折関西弁を交えながら、大石の口癖「しからばやな」すら使って相づちを打つ。こんなぐあいだから、無神経なエロ親父には同じ無神経な笑いで返すのが一松流だったとも言えるのだ。一松の術中にはまった相手は、つい気を許し本音を漏らす。元警視総監も大病院の院長も、何もここまでというほど下劣な本性をあらわにしている。ちょっとつつけば自ら猥褻さをあらわにしてしまう「お偉いさん」に対し、「粋」の世界に住んでいる勝太郎や柳橋といった人たちは決して自分のエロスを明らかにしない。一松の追及をハラリとかわして、軽妙な会話のなかに身を隠す。性は秘め事であり、むやみに口に出したりしないことこそが「粋」なのだ。一松の戦略は、お偉い人たちの化けの皮をはぎ、柳橋や勝太郎の「粋」と対照してみせることだった・・・と言ったら穿ちすぎだろうか。

もうひとつ、この時期、売春防止法が論議の的になっていたことも、一松がこの本を出すきっかけになったのではないかと思う。主に搾取される娼婦たちの労働問題として赤線廃止を訴える大石ヨシエに対し、一松は売春防止法の本義には賛成しながらも、経済的・社会的裏づけがないままでは結局、路頭に迷った元娼婦たちは非合法な私娼になっていくだけではないのか、という問題を指摘する。明治の書生節にあるように「自由廃業で廓はでたが、それからなんとしょ」(「ストライキ節」)というわけある。一松のこうした主張の裏には、政府が人々の性生活に介入してくることに対する強い反発がある。一松は『のんき哲学』でも産児制限に反対していた。産めよ育てよと言っておいて、都合が悪くなったとたんに「産児制限」とはどういうことだ、というのだ(一松が、「少子化問題」が子どもを産まない側の責任であるかのように言われる今の日本を見たら何と言うだろう)。「しまいには法律々々で、新婚夫婦は一ヶ月に何回、何年以上の夫婦は何回」と定められてしまうのではないか(93)という極端な冗談も、こうしたところから出てくるのだろう。それは、お上が何と言おうと女たちは生きていくために春を売るだろうということでもある。だから、「じっとして金をもらっている娼妓よりも、山谷の私娼のほうが自助努力している」という大石の意見(これもまた、極端だが)に賛成してしまう。権力の介入を嫌うという意味では、反骨の人・石田一松らしいとも言える。

一松は本書の「序にかえて」にこんなことを書いている。

「さて、今をときめく大臣さまでさえ、あれほど無責任な放言をなすっていらっしゃるんだから、そして、それで世間が通れるものなら、のんき節が、少々の砲弾をぶっ放したからとて、何も不思議はあるめえと、今まで雑誌や新聞に載せた、放談、対談の一部をここに収録して、読者諸君を悩ませようと悪心を起した次第である。
 修身科の教材にはなりそうもないけれど、これを読んだからとて、国民の生命にかかるほどのこともないと思う。少くとも、大臣の放言よりも罪は軽いつもりである」(6)

反骨のトリックスターここにあり、である。

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2009年6月8日(月)

2009_06_08keisuke今日のラーメン:「黒みそ魚介つけ麺(850円)」@品川・麺達七人衆 品達ラーメン『初代けいすけ』品川店 黒味噌を使った真っ黒いつけ汁はかなり濃厚。そこにツルリとイキのいい平打ち麺をつけて食べる。スープの濃厚さがちょっとトゥー・マッチになってきたところで、麺にレモン汁をかける。すると爽快感が加わって、ぐっと食べやすくなる。チャーシューだけはもう少し脂身の少ないところを選んでもらいたかった・・・★★★★

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2009年6月7日(土)

演歌師にしてタレント議員第一号の石田一松が、さまざまな雑誌に記事を書いていることを知った。ネットで古本を検索してみたら、いくつか出てきたのでさっそく入手した。

ひとつは、左翼系総合誌『社会評論』。1936年6月〜8月号に、得意の「のんき節」を、「時事小唄のんき節(6月号は「のんきだね節」)」として、加藤悦郎のイラスト付きで寄稿している。6月号と8月号が売りに出ていたので、手に入れた(7月号も首都大の図書館にあったのでコピー済)。「夜の目も寝ずに選挙運動で/さぞや疲れたことでせう/幸い当選された方は/議会でゆっくり眠れます/へゝ のんきだね」「訓示々々と訓示が流行る/訓示は上から下にする/される者より する奴に/誰か訓示をしておくれ/へゝ のんきだね」といった政治家や当局を真正面からこき下ろしたネタの強烈さもさることながら、戦後社会党の委員長をつとめ立会演説会で暗殺された浅沼稲次郎ら社会主義者と肩をならべて、親ソ・反ファシズムの左翼系雑誌に書いていること自体が興味深い。天皇の信奉者を自認し、政治家としては三木武夫と行動を共にした一松だが、自主独立・再軍備反対といった主張はむしろ社会党や共産党に近いものがあった。『社会評論』への寄稿は一松が左翼にシンパシーを感じていたことの表れなのだろうか。一松の師匠に当たる添田唖蝉坊は社会主義者の堺利彦とも交流があったし、東京市電のストライキを執行委員長として指揮した熊本利夫は一松の同郷の親友だから、両者の間につながりがないわけではないのだが。

もうひとつは「勤労大衆の友」と銘打った20ページの小冊子『協力新聞』1946年5月号。詳細は不明だが、戦後間もなく何もない時代に娯楽に飢えた人々を癒そうと低予算で作られたものという感じ。「オデコにしわを寄せて考え込んでばかりいる」という読者からの批判に答え、劇作家の菊田一夫を編集委員にむかえてつくられた「読者慰安快感特集号」である。敗戦を振り出しとし「平和な明るい民主日本の建設」を上りとする「再建双六」、徳川夢声高嶋米峰(東洋大学元学長)の対談、ホイットマンの詩「きみのために、おゝデモクラシイよ」の翻訳、サトウハチロー作詞の「快感音頭」など、わら半紙をホチキスで止めただけの粗末なつくりながら、内容は盛りだくさん。そのなかで一松は、5人の作家が名作のパロディーをテーマにした舞台という設定で書いた連作「想ひ出の名作 廻り舞台」の第二景「歌謡曲と朗詠」で戦前の流行歌「あゝそれなのに」と石川啄木のパロディーを披露している。

Img307「今日もそろそろ米がない
 さぞかし政府ぢゃ今頃は
 お察しだろうと思ふたに
  あゝそれなのに
  それなのに怒るのは
 デモするのは当前でせう
外で聞こえる人の音
 演説ではないただの音
 とぎれとぎれの怒鳴声
  あゝそれなのに
  それなのに落ちるのは
 落選するのは当前でしょう
投票しようと出たけれど
 なぜか気に入る人がない
 やっぱり名もない方ばかり
  あゝそれなのに
  それななのに投票せよ
投票せよとは
  あんまり無理でせう
       ×
倒壊のおのれの家の白壁は
  我なきよしを書いて残さむ
はたらけどもたゝけども我政府
  辞職せずぢっと顔を見る
友が皆当選すると見ゆる日を
  洟をかみおへ爪を磨かむ」

記事の後には「四月四日」と日付が記してある。昭和21年4月4日といえば、戦後初の総選挙で一松が当選する一週間前のこと(投票10日、開票は翌日)。一松は『のんき哲学』のなかでも、中身のない言葉をがなりたてる立候補者を批判している。一方で、「落選するのは当前でせう」というフレーズは、自分が落選した時の保険のようにも感じられる。「はたらけどもたゝけども我政府/辞職せずぢっと顔を見る」という歌は、ぜひ現内閣総理大臣にお送りしたい。ちなみに、国会議員になった一松がその独裁的な手法を攻撃し続けたのは、他ならぬ現首相の祖父・吉田茂であった。

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2009年6月4日(木)

2009_06_04gyunyuya今日のラーメン:「ラーメン(極太麺)(750円)」@新横浜ラーメン博物館『牛乳屋食堂』
福島県会津のラーメン屋。鶏がら中心のあっさりしたスープは透明感があり、何度食べても食べあきないだろうと思わせる。もう一つの人気商品・ソースカツ丼との相性もいい。麺は他に例のない平打ちの極太(中太も選べる)。手打ち風の不均等な厚みと縮れ方がプルプルと心地よい。厚い部分は具の入っていないワンタンのようでもある・・・★★★+

ジョージア州立大学准教授グレン・T・エスキュー先生の講演@首都大学東京But For Birmingham: The Local and National Movements in the Civil Rights Struggleなどの著書があるエスキュー先生は、アメリカ南部の歴史が専門。今回は「公民権運動の遺産とバラク・オバマ」と題して、60年代の公民権運動のなかで頭角を現したアフリカ系指導者ジョン・ルイス下院議員に焦点を当て、ルイスらの闘いがいかに「黒人大統領」の誕生に結びついたか、わかりやすく語ってくださった。

1940年、シェアクロッパーの息子として生れたジョン・ルイスはモンゴメリーのバス・ボイコット事件に感銘を受けて公民権運動に参加。以来、シット・インフリーダム・ライドセルマの行進など、運動の重要な局面のほとんどに関ってきた。彼の活動を追うことは、そのまま公民権運動の歴史を紐解くことになる。公民権運動はやがて、政治の世界に食い込んでいこうとするルイスら現実派と、ルイスのあとにSNCC(学生非暴力調整委員会)代表を務めたストークリー・カーマイケルブラック・パンサーらラディカルに分裂する。自衛を訴える一方で教育や貧困対策などコミュニティ活動に力を入れていったカーマイケルやブラック・パンサーに対し、ルイスは黒人の有権者登録を訴え、86年、自らも下院議員に当選した。加えて、ルイスをはじめとする公民権運動の指導者たちは、運動の歴史を後世に残すことにも力を入れてきた。例えば、運動を記念する博物館などは、白人と黒人が共存することが当たり前であるという雰囲気をつくりだすことに役立っている。ルイスやジェシー・ジャクソンが当初、オバマを胡散臭い目で見ていたのは事実だが、こうした歴史の積み重ねがあってこそ、「初の黒人大統領」が生れたことも確かなのだ。

先生のお話を聞いて、ぼくも僭越ながら質問に立った。マーティン・ルーサー・キングの時代から、アメリカに存在し続ける大きな二つの問題 ― 貧困と戦争について。公民権運動の結果、ジョン・ルイスのように成功したアフリカ系アメリカ人はお金と地位を手にした。が、一方で、アフリカ系の一部はさらに酷い貧困のなかにある。オバマは(コミュニティ・オーガナイザーとしての経験を生かして←これ、言い忘れた)こうした状況を変えることができるのかどうか。また、イラクやアフガニスタンのような国では、アメリカ軍が抑圧者とみなされている。いかに抑圧と戦い続けてきたとはいえ、それらの国に派遣されればアフリカ系アメリカ人もまた抑圧者とみなされてしまう。アフリカ系というよりも「ケニア系」アメリカ人であり、インドネシアで暮らしたこともあるオバマが、そんな経験を生かしてイラクやアフガニスタンの人々との関係を改善することは可能だろうか。

先生は、それは重要な問題だ、と前置きした上で、貧しい人たちが生活のために軍隊に入らなければならない状況を考えると、貧困と戦争という問題は切り離しては考えられないことを指摘された。オバマが本当に「変化」を起こせるかどうかはわからないが、ケニア系という出自とインドネシアで暮らした経験から、今までの指導者とは違う視点(パースペクティヴ)を持つオバマには可能性がある。オバマはアメリカ内部の視点にとどまらない、グローバルな大統領だ、ともおっしゃっていた。「グローバルな大統領」という言葉は危ういところもあるけれど、新鮮な響きがあると思った。このあと、フロアからもいくつか質問があり、やはり多くの人がオバマに単なる「黒人初の」大統領という以上の可能性を見ていることがわかった。有意義な講演会だった。

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2009年6月3日(水)

2009_06_03motoi今日のラーメン:「つけ麺(730円)」@町田『基 motoi
久しぶりに行ってきた、『渡なべ』系のお店。前回はラーメンを食べたので、今回はつけ麺を。動物系+魚介系のつけ汁は濃厚で、素晴らしく美味い。スープ割りすれば、ぐいぐい飲める。穂先メンマは少し風味が強いが、それもアクセントになっている。麺はつけ麺にはよくある中太麺だが、コシがあってグー・・・★★★★+

はだか節」ヴォーカル入りバージョン完成!→ こんな感じ

中山『舞天』でスージーズの演奏を聞いた。やっぱり、島唄は元気が出るなぁ。

Img305水野喬闘った「のんき節」 タレント議員第一号・演歌師 石田一松』(文芸社、2002)を読みおわった。「のんき節」で有名な演歌師であり、タレント議員第一号でもあった石田一松。戦前も軍部や政府を揶揄するような歌を歌い、官憲から呼び出しを受けることもあった一松は、戦後初の総選挙で衆議院議員に当選してからも、所属する国民協同党の党議に反して日米安全保障条約講和条約に反対票を投じるなど、その反骨を貫いた。天皇の信奉者を標榜しながらも、一松が一貫して主張していたのは自主独立と再軍備反対であり、そうした主張は保守派よりもむしろ社会党や共産党に近いものだったとも言えるだろう。その背景には、原爆で瓦礫すらなくなった故郷・広島の姿がある。また、意見の違うものからも発言の機会を奪うべきではないという立場から、言論を封殺するレッド・パージ的な謀略には強く反対した。晩年、共産党を除名になった神山茂夫と選挙応援協定を結んだり、砂川の基地反対闘争に関わったりと、「左」に接近したようにも見えるのも、彼の信念からすると不自然なことではない。一松自身は自分は常に真ん中にいて、世の中が右へ左へ動いただけだと言っていたらしいが。

本書は現存する資料を調べあげ、当時の関係者に丹念に取材を重ねて書かれた、今のところ唯一の石田一松伝である。占領から独立、その後の右旋回へと続く激動の時代のなかで、「反骨の人」石田一松がどのように生きたかを知る意味では、他に例のない貴重な資料である。とはいえ、資料や取材から得られた情報を、当時の人々の会話や独白として再構成してしまうので、どこまでが真実で、どこからが作者によって脚色されたイメージなのか判然としないところがある。本人たちにしか知りえない会話や内心の描写は、「すべてが事実だったとも言えませんし、逆に単なる想像のことでもない」(495)というよりも、事実を元にしたフィクションと言うべきだろう。会話のなかに当時の状況説明が織りこまれているため、セリフが説明的で小説的なリアリティに欠けるという不満はあるものの、記録に残らない「歴史」を再現するためにフィクションの力を借りるのはむしろ正当な方法だと思う。作者がなぜノンフィクションという言葉にこだわるのか、理解できない。ぼくは石田一松という実在の人物を題材にした小説として読んだ。

戦前の一松について、軍部や政府を批判した「反骨の人」という面ばかりを強調しているのも食い足りない。もちろん、一松が得意の「のんき節」で窮屈な時代を笑いとばし、官憲に目をつけられていたことは事実である。その一方で、当時を生きる芸人として、日本軍の快進撃に喝采を送る観客を無視することもできなかったはずだ。所属する吉本興業によって結成された慰問団「わらわし隊」に参加したことはともかく、一松自身「肉弾節」など戦意を高揚するような歌を歌っている。さかのぼれば、「壮士演歌」や「書生節」自体、明治の頃からそうした危ういナショナリズムを含んでいた。戦後の一松は原爆による故郷喪失という悲劇を経て、そうした自分自身 ― あるときには戦争に積極的な支持(「止められなかった」という消極的な支持ではなく)を与えていた自分自身 ― に対する深刻な反省があったはずだ(同時代の演歌師・金子潔氏は著書『演歌流生記』のなかで、肉弾三勇士の歌を歌ったことを反省をこめて語っている)。戦後の一松だけ見ていると、彼が普遍的な平和主義者であったようにすら見えてしまう。「反骨の人」のなかに、どんな苦しい葛藤があったのか、それこそフィクションを駆使して描き出して欲しかった。

一松の「ヘリクツ」的な部分があまり描き出されていないのも、違和感があった。政治家・石田一松を描くという意味ではそれでもいいのかもしれないが、人々を笑わせる寄席芸人としての一松を語るうえでそうした一面は欠かせない。「正論」をぶつけるだけでは「笑い」にはならない。動かしがたい「正論」のように見える常識をヘリクツやダジャレでひっくり返すから面白いのだ。ヘリクツとヘンクツで逆立ちした世の中を逆立ちして見た名著『のんき哲学』を、出版社の編集長に「本格的な哲学書のようなもの」と言わせてしまう(例によってこのセリフも本当にこの人物が言ったのか、作者の脚色かわからないのだが)ところを見ると、作者は一松のそうした一面にはあまり興味がないのかもしれない。

・・・・こんなことばかり書いていると、「お前のような若造に何がわかる」と怒られそうだが、もちろん、勉強になることが多かったことは強調しておかなければならない。作者のイメージする一松がぼくのそれとずれているところはあるものの、いろいろなことを教えていただいた。こうなったらぼくも資料を集めて、ぼく自身の「石田一松」を再構成してみようと思う。

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