2009年5月28日(木)
この間つくった「はだか節」のデモ録音はかなりユルイ感じだったので、作り直してみた(こんな感じ)。とりあえず、カラオケ・ヴァージョンで。今度近くのスタジオで歌を録音してこよう。
P・W・シンガー『子ども兵の戦争』(Children At War、2005、小林由香利訳、NHK出版、2006)を読み終わった。
子供が戦争に動員されることは、以前からなかったわけではない。しかし、子供を戦場から遠ざけるべきであるというのは世界のほとんどあらゆる地域に見られる規範であり、「子ども兵」は長い間、あくまで例外的な存在にすぎなかった。万が一、子供が徴集されたとしても、大人に比べ体力的に劣る子供たちは、武器の運搬など補助的な役割にまわらざるをえなかった。
状況が大きく変わりはじめたのは、冷戦終結後のことである。米ソの援助を受けて命脈を保ってきたアジアやアフリカ、中南米の国々が、後ろ盾を失って崩壊しはじめた。こうした「途上国」の軍隊は「非常に弱く不安定で、持続的な軍事行動ができないままだった」が(79)、求心力の失われた国家を支えるために、安上がりで迅速な徴集の方法を見出す必要があった。一方、混乱に乗じて勢力を拡大しようとする反体制勢力や地方の軍閥もまた、手っ取り早く兵力を拡大する方法を求めていた。そんななか、カラシニコフAK47のような軽くて扱いやすい小火器の開発がすすみ、体力的に劣る子供でも少しの訓練で軍事活動に参加できるようになった。こうして、本人の意思に反して従軍させることができ、ほとんど報酬を求めない「子供」の存在がクローズ・アップされることになったのである。
子ども兵の存在は人びとを紛争の泥沼へと引きずりこんでいく。子ども兵の徴集のしやすさは、武装組織が大衆を味方につける必要がないということを意味している。「大義では草の根の支持を得られない組織でも、誘拐または教化によって新兵を引き入れることで兵を集められる」からである(144)。そうした組織は「地域社会の繁栄だの協力だのを必要としないので、善政を行おうという意欲が薄れる。むしろ、より略奪的、破壊的になる」(145)。鉱山資源などの資金源を手にすれば、彼らには政治的な要求などないに等しい。こうした連中と交渉して「政治的な」譲歩を引き出すのは、非常に難しい。また、子ども兵は紛争を始まりやすく、終わりにくくする。戦力を確保するコストが安くなることで、紛争への「参加障壁」が低くなる。また、戦況が不利になっても子ども兵を集めることで簡単に勢力を回復できるので、なかなか決着がつかない(138)。自らの判断で行動する大人と違い、相手が子どもの場合、武装解除にも困難がつきまとう。
もちろん、社会的な影響以上に問題なのは、強制や教化(あるいは「洗脳」)によって子供を戦争の捨駒にする行為そのものである。子ども兵の多くは「断れば大人の上官に殺される」という状況のなかで、残虐行為に加担させられる。なかには家族や友人を殺すよう強制されたものもいる。戦闘の恐怖を抑えるために麻薬を投与されることもある。女の子ども兵の多くは上官にレイプされた経験を持つ。女の子ども兵をレイプするよう強制された男の子ども兵もいる。こうした状況を潜り抜けてきた子供たちは、ほとんどがPTSDのような精神的な疾患を抱えており、保護を必要としている。にもかかわらず、残虐行為に加担したことを理由に彼らを排除したり、彼らに報復したりしようとする住民が少なくない。子供たちのなかには家族を失ったり、家族と生き別れたりしたものも多い。運良く家族と再会できたにもかかわらず、子ども兵であったために当の家族が彼らを恐れ遠ざけるといったことさえある。こうした救われない子供たちの存在が、暴力の連鎖を生み出さないと言えるだろうか。
こうした厳しい現実を踏まえながら、作者は「子ども兵」をなくすための具体的な方法を提言する。子供の権利を守るための協約はすでに数多く採択されている。問題はそれを効力のあるものにすることである。子ども兵を使う武装勢力に圧力をかけるには、彼らが資金を得るためにつながりを保っている国際企業に圧力をかけることが有効である。また、国際裁判によって子ども兵を使った指導者を裁くことも重要だ。一方で、子ども兵が現実に存在する以上、子ども兵を使った組織と戦わなければならない場合、軍は子ども兵の命を最大限に守りながら味方の兵士をも守る方法(例えば、非致死性武器の使用など)を検討する必要がある(作者は子ども兵問題について米軍の顧問を務めている)。さらに、紛争終了後の元子ども兵たちの心のケアと社会復帰にも細心の注意が払われなければならない。こうしたことは、どれもまだ不十分にしか行われていないし、子ども兵がすぐになくなるとは思えないことを認めながら、作者はそれでもこうしめくくる。
「願わくば、これまでの戦争における多くの慣行と同じく、子ども兵を使う慣行も近い将来、消え去ってほしいものだ。ひょっとすると、子どもの兵士が使われた時代は歴史上の例外、道徳規範がほんのつかの間崩壊したがすぐに回復した時代、とみなされるようになるのかもしれない。戦場には子どもたちの出る幕はないと、昔から信じられてきた。それをもう一度現実にするには、悪事を働こうとする人びとの意思に、善をなそうとする意思を持って対抗するだけでいい」(297)
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