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2008年12月29日(月)

2008_12_29arigataya今日のラーメン:「ラーメン(650円)」@平沼橋・横浜『らーめん ありがた家
鶏油が強い印象を残す。味は濃い目だが、塩味よりも旨味が強い感じ。茹で豚風のチャーシューは好みではないはずなのだが、ボリュームがあって以前ほど悪いとは思わなかった。家系のなかでは軽い部類だが、ジャンクな部分も含めて、いかにも家系らしいラーメン。・・・★★★+

Img018トム・グレイヴズ『ロバート・ジョンソン クロスロード伝説』(Crossroads: The Life and Afterlife of Blues Legend、2008、奥田祐士訳、白夜書房、2008)を読み終わった。ロバート・ジョンソンの生涯については確実にわかっている事実が非常に少ない。そのため、「四辻で悪魔に魂を売り、浮気相手の夫に毒殺された悲劇のブルースマン」といった伝説とともに語られることが多い。もちろん、ジョンソンの音楽がそうした伝説に信憑性を与える禍々しさや陰鬱さを抱えていることも事実だ。その背景には最初の奥さんの死といったやるせない出来事や「悪魔の音楽」であるブルースに身を投じることに対する恐怖があったのだろう。しかし、悲しみや恐怖を表現するだけではブルースにはならない。ブルースはそうした否定的な感情を涙混じりの笑いやヤケクソのドンチャン騒ぎに解消する音楽だ。ようするに、ブルースマンは「芸術家」ではなく、「エンターテイナー」であるということだ。エンターテイナーとしてのブルースマンは、客を楽しませるためなら悪魔ですら利用する。

「大半のミシシッピ人は、地獄の業火が日常的に口にされる世界で育ったが、デルタ・ブルースについて書いた初期のライターのなかには、そうした文化とまったく無縁な人々もいた。そのため悪魔の物語や、伝えたい内容に合わせて聖書のメタファーを駆使する南部の宗教特有の手法に馴染みがない人々にとっては、ロバート・ジョンソンの歌詞が必要以上に禍々しく聞こえた可能性もある。つまり、荒野で悪魔に誘惑されるイエスの有名な話を、とことん真面目に、聖人ぶって伝える牧師もいれば、ユーモラスな視点から、悪魔をやたらとちょっかいを出してくる厄介者として描く牧師もいるということだ。弁護士の手法を借りるなら、すべては文脈次第なのである。
 ジューク・ジョイントでジョンソンの歌を聞いた人々は、悪魔の話や、その意味には幅があるということをよく知っていた。ジョンソンが悪魔と手を結んでいるとまともに信じこむようなことは、決してなかったに違いない」(100-1)

オジー・オズボーンのオカルトじみた演出を本気にする人がいないように、ロバート・ジョンソンが悪魔に魂を売ったことをほのめかしても、そのことを深刻に捉えるものはいなかっただろう。もちろん、ジューク・ジョイントに集まった人たちにとって、悪魔の存在が現実でなかったわけではない。恐れているからこそ、悪魔にぎりぎりまで近づいて見せるブルースマンの危うい物言いが笑いを誘い出したのだ。ようするに「俺と悪魔のブルース」のような曲は、「恐怖や震えではなく、笑い声を呼び出すために書かれた作品」なのである(100)。

本書は確実に証明できる事実から組み立てられたロバート・ジョンソンの伝記と、ジョンソンの死後、彼の音楽を「再発見」し、さまざまな伝説や噂とともに広めていった人々の「ロバート・ジョンソン受容史」とでも言うべきものから構成されている。こうした構成をとることによって、作者は伝説の霞のなかから生身のエンターテイナーとしてのロバート・ジョンソン ― 悩める神秘的な芸術家ではなく ― の姿を浮びあがらせようとしている。そこにいちばん好感を持った。

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