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2008年6月28日(土)

2008_06_28kouchyan今日のラーメン:「中華そば(600円、平日昼は500円)」@広島『中華そば こうちゃん』本店 広島のラーメンはさらっとした豚骨醤油。ストレート細麺に、軽く湯がいた細めのもやしがからむ。この組合せになかなか得がたい食感がある。豚バラチャーシューも、食べ応えがある。これで平日昼なら500円。おばちゃんたちが切り盛りするいなたいお店で、ラーメンの他におでんやレバ刺しも置いてあり、飲みに行くのもいいかも・・・★★★+

Dscn0731黒人研究の会(JBSA)の全国大会に参加するため、高速バスで広島へ。広島は子どものころ親に連れられてきたことがあるはずなのだが、まったく記憶がない。ほぼ初めての街といっていい。学会は午後からなので、広島のラーメンを食べて市内を散策することにした(写真は荒神町あたりで見つけたカープのマスコットが描かれたマンホール)。

広島は川の町だ。市内を六本もの川がゆるやかに流れている。石造りの立派な橋を、路面電車が車体を傾げてガタガタと渡っていく・・・どこか懐かしく美しい風景だが、この川もあの日には遺体で埋め尽くされたのか、あの橋も熱線を浴びたのかと考えると、胸がしめつけられる。それでいて、雑然とした町並みは人々のパワーを感じさせ、「どんなに焼き尽くされても人間は立ち上がる」という希望を表している。一目見て、この街が好きになった。

京都や名古屋もそうだが、広島も駅の周りはそれほど発展していない。新幹線口にはコンビニがひとつあるぐらいで繁華街と呼べるようなものは見当たらない。比較的賑やかな南口でも、廃墟のような古いビルが視界をさえぎっている。窓が割れたままの建物や、時が止まったような古い商店がうずくまるように身を潜めている。左手に少し歩くと庶民的な市場があってそれなりに賑やかだが、いわいる「開発」がすすんでいる様子はない。大型のデパートが並ぶいちばんの繁華街は、駅から少し離れたところにある。このことに違和感を感じてしまうのは、ぼくの生まれ育った横浜がそうではないからだろう。横浜や関内の繁華街は比較的駅の近くにある。あとでタクシーの運転手さんに聞いたところ、広島駅は川に隔てられた場所にあり、周囲が発展しにくいのだという。逆に言えば、広島のような古い町は鉄道が敷かれる以前から繁華街が発展しており、いちばん賑やかなところには駅を設置するスペースがなかったということなのかもしれない。何もなかったところに明治になってから建設された横浜の町とは歴史が違うのだ。

学会が行われたのは広島女学院大学。1886年に創立された、長い歴史を持つ大学だ。当然、原爆の被害も受けており、教職員・学生合わせて300人あまりの犠牲者を出している。そんな所縁のある場所で行われた第54回大会のテーマは、「黒人研究と平和」。黒人研究も9・11以降のアメリカの状況と無縁ではいられない。いつかは正面から取り組まなければならなかったこのテーマのために、これほどふさわしい場所もないだろう。

Dscn0736学会はプリンストン大学アフリカン・アメリカンセンター所長ヴァレリー・スミス先生の講演からはじまった。"Civil Rights/Human Rights"(「公民権/人権」)と題されたその講演で、スミス先生はマーティン・ルーサー・キング師の思想をグローバルな文脈で捉え直すことの重要性について語った。ベトナム戦争に反対し、名声欲と結びついたアメリカの覇権主義を「軍楽隊の本能」と批判したキング師の思想には、アメリカ市民としての権利を求める「公民権運動」を超える広がりがあった。もちろん、キング師の思想や活動を50~60年代の南部という歴史的文脈に位置づけることも重要だ。ただ、それだけではキング師が批判したアメリカという国の本質を見失うことになりかねない。アメリカの人種主義は公民権運動によって免罪されたわけではない。キング師を「自由の国アメリカ」を表すアイコンにしないために、公民権運動やキング師の実像をさまざまな角度から検証し直しながら、「記憶」を柔軟かつ批判的に利用していくことが求められている。それこそが、「人権」のための運動を単なる「アメリカ市民」としての権利を求める運動へと矮小化させない道である・・・非常に刺激的なお話だった。9・11以降、アメリカのリベラル派が内向きになっていると感じていたので、キング師が生きていたら現在のアメリカの状況をどう捉えただろうと考えずにはいられなかった。そう考えることは、キング師を偶像化することではない。キング師を偶像化することによってアメリカが封印してしまった公民権運動のグローバルな意味について考え直すことなのだ。アメリカの民主主義を世界に輸出することではなく、アメリカの民主主義が輸出される側から見るとどんな顔を見せるかということを理解することなのだ。

Dscn0738_2続いて行われたシンポジウムでは、パネラーの皆さんがそうした問題意識を共有しているということが明らかになった。プール学院大学の佐竹純子先生は、南アフリカの映画においてアフリカ人の役にアフリカ系アメリカ人の俳優が優先的に使われたり、アフリカの文化がアフリカ系アメリカ人の文化に置き換えられたりすることの問題点について、さらには被害を受けた者の体験がなかなか描きにくい性的暴力の問題について語った。青山学院大学の西本あずさ先生はトニ・モリソンソジャナー・トゥルースハリエット・ジェイコブズといったアフリカ系アメリカ人女性の語りのなかに存在するアメリカ主流とは違う物語について語った。そうした「語り」を産みだすことによって、彼女たちは孤独のなかで「新しい自分」をつくり出した。しかし、こうした既成の枠組を壊して新たな地平を切り開く動きをつきつめていくと、アフリカ系アメリカ人文学という枠組も壊していかなければならなくなる。さらに、四日市大学の山本伸先生は、沖縄やカリブの文学を例に挙げながら、被害者が加害者になったり、加害者が被害者になったり、あるいは加害者が同時に被害者であったりする物語について語った。文学はフォークロア的なものを支点/視点とし、さまざまな対立軸の間を揺れながら、平和概念を有機的に表現するものである・・・3人のパネラーに共通しているのは、アフリカ系アメリカ人(あるいはアフリカ人)=被抑圧者という単純な見方では、もはや何も語ることができないという認識である。例えば、以前この日記にも書いたように、アフリカ系アメリカ人も米軍兵士としてイラクやアフガニスタンに行けば、超大国の力をバックにした抑圧者でしかない。この点については、懇親会でスミス先生にもぶつけてみた。先生にも「その通りだ」と賛同していただけた。

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