無料ブログはココログ

2017年10月20日(金)

22539700_1881205818564154_715667594
今日のお絵描き。ファッツ・ウォーラー水野晴郎になりかける危機を乗り越え、何とか完成。

区役所で期日前投票と、難病認定の更新を済ませてきました。期日前投票には、後期高齢者の皆さんが、列を作っていました。毒蝮三太夫さん、今すぐ区役所に向かってください。そして、若者・・・負けるな。

2017年10月19日(木)

キボンヌ党?

22528082_1880603531957716_1375964_2
今日のお絵描き。アフリカン・ビューティ。

首都大非常勤、後期第三回目。『ジャズの誕生』をテキストとするリーディング3コマ。テキストと直接の関わりはないが、スリム・ゲイラードの「ラフィング・イン・リズム」を聞きながら、授業開始。1限は、「アフリカ人がニューオリンズで自分自身を見出した環境は、多様で変わりやすいものだった。トーマス・アシェは、1806年にニューオリンズを訪れて、民族的出自の観点から、その経済構造について論評している」「町の交易は大部分が4つの階級によって行われていた。ヴァージニア人とケンタッキー人は仲介斡旋業を支配し、スコットランド人とアイルランド人はそれなりの規模の輸出入業をすべて手中に収め、フランス人は弾薬庫や倉庫を経営。スペイン人は雑貨商やキャバンツ(cabants:意味不明)や最下層の居酒屋といった小さな小売業をすべて営んでいた」まで。2限は、さらに、「ラテン・カトリック時代のフランス人やスペイン人の貴族は、北部商人の進出と張り合う準備ができていなかったようで、イギリス=プロテスタントの慣習が、その存在を感じさせ始めた」まで。3限はかなり進んで、「そして、ニューオリンズでアフリカ人が効いた音楽は、アメリカ合衆国の残りの地域にいたら聞いていたであろう音楽よりも性に合っていた。加えて、フランス領西インド諸島からやってきたアフリカ人(すでにヨーロッパ音楽の何かを吸収していた)が到着し続け、、さらなる混交が進行していた」「さて、さまざまな度合いでアフリカ人の血を受け継いだ人々が慣れ親しむようになった音楽の範囲は、独特だった。一方で、黒人クレオールは、スペイン人、フランス人、アフリカ人の血を併せ持ち、しばらくの間、かなりの社会的地位を得て、最高のヨーロッパ音楽の多くを吸収した。彼らは教育を受けさせるために、子供たちをパリへ送り、ヨーロッパで評判の指揮者と自分たちのオペラを開いた。南北戦争のあと、北部の偏見の到来とともに、彼らの没落はゆっくりだが、完全なものになった」まで読み進んだ。

2017年10月18日(水)

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ネコ。ジャケットはかつお節。


10日ほど前に作った歌「雨の日」、ヴォーカルを録り直したり、コーラスを入れたりして、作り直しました。

22555178_1878587928825943_446159168
今日のお絵描き。ソウルフルかつ、セクシー。

横浜国大非常勤、第二回目。奴隷貿易について。中間航路の奴隷貿易では、奴隷は何パーセントか船上で死ぬことを計算に入れたうえで詰め込まれる商品だった ― 奴隷船の見取り図と、ジュリアス・レスター『奴隷とは』から引用した証言をもとに、拉致されたアフリカ人が、劣悪な奴隷船の環境のなかで、人間として扱われていなかったことを明らかにした。その上で、なぜこんなことが何百年もの間続けられたのかを問い、三角貿易を図解して奴隷貿易がべらぼうに儲かるサイクルの一角をなしていたことを示し、アメリカを中心とした奴隷貿易と奴隷制の歴史を年表にして、ピルグリム・ファーザーズより前に奴隷がアメリカに陸揚げされていたこと、民主主義の中核をなす制度である議会によって、奴隷制が正当化されていったことを示した。いわば、奴隷制、あるいは、アフリカ系アメリカ人は、アメリカ史の傍流ではなく、その中核をなすものであるということができる。最後に、アレックス・ヘイリー原作のテレビ・ドラマ『ルーツ』から、クンタ・キンテが奴隷狩りにあい、奴隷船に閉じ込められるまでを見た。学生の多くが、奴隷貿易の現実に、言葉を失ったようだった。

2017年10月18日(火)

政治屋が街にやって来る。

22539983_1877856682232401_832823176
今日のお絵描き。バナナを運ぶ少女。

日本女子大非常勤、後期第五回目。「論文随筆演習」はハリエット・アン・ジェイコブズの奴隷体験記を読む。北部でリンダ(ジェイコブズの仮名)を捜索していた奴隷主ドクター・フリントが帰ってくると、リンダの友人たちはフリントが気落ちししたこの機会を狙って、リンダの子供たちと弟ウィリアムを買う計画を実行に移す。フリントはリンダに対する復讐の道具である子供たちを手放すことを渋るが、娘エレンが成長して高く売れるようになる前に、病気で死んでしまうかもしれないという計算が働いて、三人をリンダの友人たちとつながった奴隷商人に売ってしまう。奴隷商人は牢につながれたウィリアムを見て気に入り、計画に協力する気になった。奴隷の取引に関わるのはこれで最後にしたいという。叔父の馬車で祖母の家に届けられた三人は、祖母と抱き合って喜びを分かち合う。そのころ、友人宅の屋根裏部屋に身を隠したリンダは、子供たちの幻影を見る。「アカデミック・ライティング」は、ほとんどの人が計画通り、本文の草稿にとりかかった。何人か出遅れている人が気がかり。

2017年10月16日(月)

「平和のためのベッドイン」は、「平和のため、のべつ問い」ということで。

22309084_1875989932419076_466141320
今日のお絵描き。カワイコちゃんの顔で遊んでみた。

明治学院非常勤、後期第四回目。今回は新しく手に入ったミュージカル映画『ストーミー・ウェザー』(1943)の日本語字幕版を見た。学生には、ただ見るだけではなく、前回指摘したハーレム・ルネサンスを動かしていた3つのベクトル―「白人並」の「洗練」を求めるブラック・ブルジョワジー、「野蛮」「未開」といったステレオタイプを求めて金を出す白人パトロン、南部黒人コミュニティのフォークロアを再評価しようとする若い黒人芸術家―がどこに表れているか、考えながら見るように指示した。例えば、前半に出てくるチック・ベリーの舞台は、「野蛮」「未開」といったイメージを前面に出したものだが、一方でベイリーはビルに「お前のチンケなダンスで、オレの洗練されたショーに出るつもりか」と言っていたりする。あるいは、ビル・ロビンソン演じるビル・ウィリアムソンが、メンフィスへ向かう船上で、ジャイヴ・バンドをバックに見せるタップは、フォークロアといっていいかもしれないが、彼はタキシードで決めた「洗練された」姿も見せてくれる。「未開」「野蛮」といったイメージは、ミンストレルの黒塗芸も含め、黒人自身によって提示されるなかで昇華され、もはや出どころのわからないキャブ・キャロウェイのような異様なキャラクターを生み出したというのがぼくの持論である。一方、フォークロアの再評価は、アメリカ南部を飛び越え、アフリカの出張所ともいうべきハイチに取材したキャサリン・ダーナムのバレエとなって結実する・・・・とはいえ、映画のクライマックスは何と言っても、二コラス・ブラザーズのアクロバティックなタップである。

國學院非常勤、後期第四回目。「1st Year English」は、名詞節の復習をして、副詞節へ。「英語(L&W)」は、バラク・オバマの大統領就任演説を読む。「先生の言葉は、繁栄の上げ潮と平和な凪のときにも語られました。しかし、ときには、宣誓は暗雲たちこめ、嵐が起こるなかでも行われるのです。こうしたときでも、アメリカは何とかやってきました。それは、大統領の地位にあるのものの技量やヴィジョンのためだけではなく、私たちアメリカ国民が先祖たちの理想に忠実であり、アメリカ独立時の文書(独立宣言や合衆国憲法)に背かずに来たからなのです」

2017年10月15日(日)


一昨日作った新曲「Lula(巡礼者が草原を行く)」のタイトルを「ゆらり」に変え、作り直してみました。自分ではけっこう気に入っています。

22448393_1874031682614901_751146157
今日のお絵描き。カワイコちゃんを描く喜びコンティニュード。

«2017年10月14日(土)

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31