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2016年8月26日(金)

良いことも悪いことも、パラレルワールドでは、ぼくに起きていたことかもしれない。



つげ義春
の連作漫画を、竹中直人が監督・主演で映画化した『無能の人』(1991)を見た。漫画家として才能を認められながら、そこから逃げ続ける助川の姿は、ダメなほうダメなほうへと行ってしまう、つげ漫画の典型的なキャラクター(つげ自身?)。それが重苦しい絶望ではなく、やるせないペーソスとともに描かれているのが原作の良さで、映画はそれを忠実に再現している。救いとなっているのは、家族(妻と息子)の存在。風吹ジュン、やっぱりいいなぁ。三人で歩いていくラスト・シーンを見て、不意に泣きそうになった(チャップリンモダン・タイムス』を思い出した)。どうしようもないが、生きている。美しい映像も原作に忠実で、多くの人が絶賛するのも納得。

余談だが、宮崎県・照葉大吊橋のたもとで、石を売っているのを見たことがある。何の変哲もない軽石が並べられているのを見て、河原の石を売る助川を思い出した。その時の写真がこちら。

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2011年12月、撮影。

2013年8月23日(火)

三毛ランジェロという猫が飼いたい。

17日からはじまった日本女子大のTOEIC対策集中授業、昨日は台風で全学休講だったので、今日、補講を行うことになった。結果、もともと開講する予定だった授業と合わせて、5時限7時間半のマラソン授業となった。さすがに疲れた。終わった後、学生との間に同じ困難を乗り越えた同志のような空気が。

2016年8月22日(月)

人魚にもオッサンはいるはずだ。

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つげ義春の漫画を、オムニバス形式で映画化した『ねじ式』(石井輝男監督、1998)を見た。主演は浅野忠信。原作となった作品は、「別離」「もっきりやの少女」「やなぎ屋主人」「ねじ式」。原作の世界は、どれも忠実に再現されているが、期待していた「ねじ式」よりも、他の作品に惹かれた。とりわけ、「別離」の<どうしようもなさ>が、いたたまれない。考えれば考えるほど、ダメなほうに流れて行ってしまう男。「やなぎ屋主人」では、男は「下劣」になって考えることをやめようとするが、それもまた考えるだけで終わってしまう。男は、どこへ行くのだろう。もっきり屋のチヨジは、ヌード・スタジオの女はどこへ行くのだろう。考えるほどに、吐きそうになるのだが、また戻ってきてしまう世界。

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今日のお絵かき。ストレンジ・デイズ。

2016年8月21日(日)

となりの柿はよく客食う柿だ。

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木村友祐イサの氾濫』(未来社、2016、2012)を読み終わった。東京での生活になじめず、故郷の八戸に帰ってきた将司。高圧的な父に反発しながら、何もできない自分を恥じている。震災後の不条理を飲み込む東北の人びとの人の好さにもなじめない。そんななか、一度も会ったことのない乱暴者の叔父イサこと勇雄が、蝦夷の猟師になって夢のなかに現れる。故郷の人たちに、叔父のことを聞いてまわるうち、将司のなかの何かが、イサを通して溢れだす・・・「まづろわぬ(従わない)民」の決起を予感させるラストシーンは、強烈。東京の衛星都市に暮らすぼくのような人間(父のルーツは青森だが)には、「がんばれ」という他人事の言葉を捨て、反抗者の側に立つかと迫る、鋭い切っ先のようだ。幼馴染が東北の言葉で語る子供のころの思い出話を聞くうちに、恐ろしい事実が明らかになる「埋み火」も同様。心して読むべし。

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今日のお絵かき。ジューク・ジョイント。

2016年8月16日(火)

スマッパ、スマッピ、スマップ、スマッぺ、スマッポの5人組(イミフ)。

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安冨歩マイケル・ジャクソンの思想』(アルテスパブリッシング、2016)を読み終わった。正直に言うと、最初はマイケル・ジャクソンの「思想」というタイトルに、胡散臭いものを感じた。マイケルをガンディーになぞらえ、「救世主」、20世紀「最大の思想家」と呼ぶ前書きにも、げんなりしてしまった。しかし、内容はマイケル・ジャクソンの作品を、歌詞を中心に丁寧に読みこんでいくもので、説得力がある。本書によれば、マイケルのいう「スムース・クリミナル」とは、世の中をスムースに回していくために、一人ひとりが自分を殺して歯車になることであり、スムースな流れをあえて詰まらせて、それに抵抗するのが「ジャム」である。多くの人が自分を殺して「スムース・クリミナル」になっている原因の一つが、親による一方的な「愛」の押しつけであり、多くの人はそうした「愛」に報いようとして自分を殺してしまう。だとすれば、マイケルは「空気を読むな」と言っていたことになる。彼を悩ませたもう一つの「スムース・クリミナル」である人種差別もまた、「黒人は空気を読んでおとなしくしていろ」ということだ。もちろん、「自分らしさ」とは何かとか、一方的な「愛」と「本当の愛」に線を引くことができるのかとか、いろいろ疑問はあるが、マイケルに対する見方が大きく変わる本であることは間違いない。

2016年8月15日(月)

片手でハーモニカを吹きながら、自転車をこぐおっさんを伊勢佐木町モールで目撃。

ワケあって、MRIを撮りに行ってきた。検査中聞こえるものすごい音がミニマル・ミュージックのようになり、やがて、ケロケロケロケロとカエルがケチャをやり始めたので、気が狂うかと思った。

終戦記念日。追悼の日であると同時に、71年前にこの日を迎えた人にとっては、生き延びた日でもある・・・と、ふと思った。4人の祖父と祖母、誰か1人でも死んでいたら、ぼくは生まれなかった。小那覇舞天の「ヌチヌスージサビラ(命のお祝いをしましょう)」という言葉の深さ。

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