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2019年6月23日(日)

サン・ハウスバディ・ガイがいっしょに演奏している!この映像は初めて見た。1956年から1979年にかけて米CBSで放送された芸術関係のドキュメンタリー・シリーズ『カメラ・スリー』の、1968年10月13日放送"Really the Country Blues"(Season14, Episode 6)からのものと思われる。

2019年6月22日(土)

夢のなかでテレビをつけたら、清志郎のライブを生中継していた。清志郎は晩年のちょっと疲れたやさしい表情ではなく、若いころみたいにとんがって、溌剌として、ちょっとコミカルだった。なぜかバンド・メンバーに大野くんがいた。こんど、ぼくも見に行こうとチケットを手に入れた。久しぶりの清志郎のライブで胸がわくわくしたので、近所のガキの自転車を盗んで、坂道をブレーキも踏まずに走り下りた。ふと、自転車を盗まれた悲しかろうと思い、元の場所に戻そうと思ったが、どこの四辻だったか思い出せない。このままでは自転車が返せない、と罪の意識に打ち震えているうちに、目が覚めた。夜の12時前だった。睡眠が不規則。

2019年6月21日(金)

神奈川大、前期第七回目。

2019年6月20日(木)

またしても、体調が悪く、首都大と國學院を休講にしてしまった。何とか、体調を整えなければ。

2019年6月19日(水)

日本女子大、前期第第九回目。「アカデミック・ライティング」は、提出物の添削と、リスティングによる段落構成の復習。「米大衆文化演習」は、ライトニン・ホプキンスとテキサスの人びとを描いたフィルム『ザ・ブルース・アコーディング・トゥ・ライトニン・ホプキンス』(1967年)を見る。テキサスの田舎のリズムに、案の定、寝るものが続出するなか、誰よりも楽しんでいたのは講師ではないかと思われる。とりわけ、ライトニンと友人の「ヘビって、どんなヘビだよ」「ヘビらしいヘビだよ」「名前は何だよ、コブラとか何とか」「コブラじゃなかったな、舌の先が割れてた」「ヘビは舌の先が割れてるもんじゃないのか」「ほら、やっぱりヘビらしいヘビだ」という埒のあかない会話は、何度見ても笑える。他にも、ライトニンのギターがとてつもないグルーヴを生み出し、すかした少女たちが跳ねるように踊るダンス・パーティや、黒人教会の様子、ライトニンの寝ぐせなど、見どころ満載。見ずに寝るとはもったいない!きみたちの人生でこれを見る機会は、二度とないぞ!(たぶん)

ひらげエレキテルとして、江古田マーキーに出演。演目は、「空飛ぶブルース」「半分弱」「桜の気持ちも知らないで」「正義の味方はいつも顔を隠している」「最後の日」。「半分弱」のあと、チューニングを変えようとして、弦を切ってしまった。暗がりで手元が見えず、弦の交換にまごついているひらげから、ギターを引き取り、素早く新しい弦を張ってくれたのは、ミュージシャンでもあるありのぶ店長。冷や汗をかきながら、MCを続けるひらげ。ちなみに、「半分弱」は一昨日、ライブをやらせていただいたサロン・ド・ライオンのスケッチであると同時に、この日共演した三浦廣之さんの名曲「残り半分」のパロディでもある。そのパロディというか、リスペクトというか、をご本人の前で初めてやらせていただいた。その三浦さんも、江古田のRyujiさんも、共演者のみなさんは素晴らしい演奏。出演者に、ミュージシャンの高田彰さんらも加わって飲みに行った。音楽の話などで、盛り上がって、すごく楽しかった。

2019年6月17日(月)

明治学院「アメリカ研究」、前期第十回目。前回に引き続き、D・W・グリフィス監督の映画『國民の創生』(1915年)を見る。キャメロン家の末娘フローラは、黒人大尉ガスに求婚され、逃げ惑った末、崖から飛び降りて死ぬ。瀕死の妹を発見した兄ベンの腕のなかで、フローラは息絶え、ベンは燃えるような怒りの表情を見せる。ガスはKKKによって殺害され、その遺体が警告の意味で混血の政治家サイラス・リンチの家の前に置かれる。怒ったリンチは黒人の軍隊によって町を制圧する。キャメロン家の人びとはKKKに協力した罪で捕らえられる寸前で、忠実な黒人の基点に救われ、心配してかけつけたタッド・ストーンマンとともに馬車に乗って逃げ、北軍の退役軍人が暮らす小屋に逃げ込む。一方、キャメロン家の人びとを救うため、リンチに面会したエルジー・ストーンマンはリンチの求婚を拒絶し、監禁される。こうした事態を受けて、黒人から町を解放すべく、KKKのメンバーが招集される。混乱した町の様子と、馬を駆るKKKの姿がクロス・カッティングで描かれ、ついに町に到着したKKKは瞬く間に黒人の軍隊と暴徒を制圧、エルジーは救出される。さらに、退役軍人の小屋で銃撃戦が行われているという知らせがもたらされ、KKKが救出に向かう。解放された町で行われたパレード、タッドとマーガレット、ベンとエルジーという南部と北部の確執を越えたハネムーンが描かれ、完。

内容的には何しろ、KKK讃美の映画なので、どうにも首肯しがたいことばかりなのだが、歴史的事実の歪曲もさることながら、映画で黒人の罪として描かれていることが、本当にそんなに悪いことなのか、疑ってみることが必要だろうと思う。例えば、ガスがフローラに恋し、求婚したことはそんなに悪いことだったのか。彼の行動が陰湿なものという印象を与えるのは、街路樹越しのアングルから覗き見る男として描かれているためである。違う角度からカメラを回せば、ただの恋する男であることが明らかになるだろう。フローラが必要以上に天真爛漫に描かれていることで、ガスには幼児性愛者のようなイメージも与えられている。実際に彼がしたことは、恋する相手に求婚しただけのことだ。人種差別主義者にとっては、黒人が白人に恋すること自体が問題わけだが、本当にフローラを死に追いやったのは、そうした黒人嫌悪そのものである。フローラを見ると、ぼくは「生きて虜囚の辱めを受けず」と自害した日本兵や、摩文仁の丘から身を投じた沖縄戦の犠牲者を思い起こさせる。サイラス・リンチの場合、エルジーを監禁したのは明らかに行きすぎだが、彼にしても最初は紳士的にプロポーズしている。それに対して、リンチの求婚という思いあがった行動が「鞭打ちに値する」と侮辱したのはエルジーのほうである。こうしたいわれのない侮辱にリンチが切れたのだとしたら、同情の余地がある。ともかく、メディアの天才グリフィスに騙されてはいけない。

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天王町サロン・ド・ライオンで、遠藤コージさん/ニキタケシさんと2マンライブ。それぞれ二部構成でお送りしたライブ、ひらげエレキテルの演目は、【第一部】「空飛ぶブルース」「半分弱」「桜の気持ちも知らないで」「パチンコ銀行」、【第二部】「New Song」「桜の気持ちも知らないで」「かわいい子猫ちゃん」「正義の味方はいつも顔を隠している」「ピーチ・ジョン」「すっぽんぽん節」「ラーメン・ブギ」「最後の日」。暖かいお客さんのおかげで、大変盛り上がりました。ありがとうございました。ちなみに、第一部2曲目の「半分弱」は、サロン・ド・ライオンの様子を描いた歌。一方、共演の遠藤さん/ニキさん。ニキさんは津軽三味線、遠藤さんはブルースの、どちらも本格的な演奏ながら、ところどころに笑いをはさんで、観客を飽きさせない。第二部で遠藤さんがドラえもんのお面をかぶって、古いフィールドハラーのようなものを歌いながら登場し(お面との間に起こるびりびりという音が、雰囲気を出している)、歌いながらチューニングを済ませたときには、やるなあと思った。また是非、ご一緒させてください!(ちなみに、はるかに年上だと思っていた遠藤さんが、同い年、もしくは一つ年下だという衝撃の事実が判明。まじか)

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